川柳選者は社員OBだったのか!
投稿者: shinitakumonashi 投稿日時: 2004/03/30 09:50 投稿番号: [12618 / 28311]
朝日新聞声欄に、川柳選者が2人になるというお知らせ、そこに現選者
大伴閑人の略歴が載っていた。
●大伴閑人(おおとも・かんじん)
本名・日比野和幸。l925年東京生まれ。本紙夕刊「素粒子」を77年から11年余り執筆。テレビ朝日のコメンテーターなどを経て、93年10月から選者に。●
私はかねがね、朝日川柳は、ニュートラルのプロの川柳子がいて選句し、その際朝日に迎合して、声欄的特徴の句を2-3混ぜるものだとばっかり思っていた。
なーんだこれを見ると、ニュートラルどころか、れっきとした朝日OBが撰者じゃないか。迎合どころの話しではない。
拙投稿のあの名句が思いだされるね。↓
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「朝日川柳」には、かって金大中大統領が南北トップ会談の功績でノーベル平和賞をもらったとき、賞がもう一つほしい、つまり金正日クンにもあげたいという句(文句は忘れましたが)が載ってたくらいですから。
なにしろものが「平和賞」で、挙げたい人が国際法無視の北の独裁者でしたから、この新聞のセンスにはほとほと感服した記憶があります。・・・・”
その名句の文句を忘れては済まないと思い、図書館で朝日新聞の縮小版を調べたところ、嬉しや、2000年10月19日付け同紙の投書欄に
「二つには
分けられなかった平和賞」
という傑作が残っていた。
投稿者は、東京都の富江という人、選者は今と同じ大伴閑人で、選者の注釈として
「1句、北はお預け」
という解説がある。やってくれますね。これは記憶に残しておかなくっちゃぁ。
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これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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