戒厳令時代 (続き)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/15 13:25 投稿番号: [9170 / 10346]
蒋政権の圧制下では、人民が228事件や、228以後蒋政権が死滅するまで続いていた恐怖政治について語り合うことは危険であった。そんなことを語り合ったことを探知されたら「叛乱犯」として投獄される。誰もみな恐怖を胸の中に押し込んで、口に出さなかった。あの時代の未成年者は、現在40代になって、当時の大人たちの恐怖を知らないから、あの時代は平和でよかったなあなどと言っているのだ。
わしの息子や娘たちは現在50代である。彼らは李登輝時代になって、新聞雑誌の記事によって、228事件や蒋政権時代の恐怖政治を知り、親たち(わしと、わが老妻と)に向かって「なぜこのことを今まで私たちに話してくれなかったか」と抗議した。わが老妻が答えて曰く「まだ子どもだったお前たちや、世間知らずの若者のお前たちに話したら、お前たちは驚いて友達に告げただろう。友達ははまた彼らの友達に告げるだろう。それが蒋政権の密偵に探知され、お前たちの両親は「叛乱犯」として投獄され、いつ出獄できるかあてもなかっただろう。だから親子の間でも口にのぼせることはできなかったのだ」と答えた。これには息子、娘たちは、反す言葉がなかった。
現在40代の人たちの親は、228事件当時は10歳から20歳ぐらいだった。だから事情がよく飲み込めなかったし、その親たち(現在40代の人たちの祖父母)は、危険を避けるため、事情を語って聞かせることはなかっただろう。だから現在40代の人たちの親は、228事件や、蒋政権時代の恐怖政治についての知識が無いではなったにしても、不十分であった。そういう世代の人たちを親として育ったのが、現在40代の人たちである。蒋政権時代の恐怖を知らない上に、蒋政権残存勢力のメディアの強大な宣伝に影響されて、現在の台湾に有る人権、自由、民主は、およそ人間の社会には存在するのが当たり前で、蒋政権時代にも当然有ったきめてかかり、その上に蒋政権時代には現在よりもすぐれた治安があったと空想している。
李登輝氏が総統に昇格したのち、蒋政権時代の恐怖組織のスタッフだった者が明かした事実に、蒋政権の恐怖組織は「たとへ1000人の無実の者を殺すとも、一人の敵を捕り逃すな」と指示されていた。しかしこのことは、彼が言われなくても蒋政権時代の大人たちは、すでに感ずいていた。
わしの息子や娘たちは現在50代である。彼らは李登輝時代になって、新聞雑誌の記事によって、228事件や蒋政権時代の恐怖政治を知り、親たち(わしと、わが老妻と)に向かって「なぜこのことを今まで私たちに話してくれなかったか」と抗議した。わが老妻が答えて曰く「まだ子どもだったお前たちや、世間知らずの若者のお前たちに話したら、お前たちは驚いて友達に告げただろう。友達ははまた彼らの友達に告げるだろう。それが蒋政権の密偵に探知され、お前たちの両親は「叛乱犯」として投獄され、いつ出獄できるかあてもなかっただろう。だから親子の間でも口にのぼせることはできなかったのだ」と答えた。これには息子、娘たちは、反す言葉がなかった。
現在40代の人たちの親は、228事件当時は10歳から20歳ぐらいだった。だから事情がよく飲み込めなかったし、その親たち(現在40代の人たちの祖父母)は、危険を避けるため、事情を語って聞かせることはなかっただろう。だから現在40代の人たちの親は、228事件や、蒋政権時代の恐怖政治についての知識が無いではなったにしても、不十分であった。そういう世代の人たちを親として育ったのが、現在40代の人たちである。蒋政権時代の恐怖を知らない上に、蒋政権残存勢力のメディアの強大な宣伝に影響されて、現在の台湾に有る人権、自由、民主は、およそ人間の社会には存在するのが当たり前で、蒋政権時代にも当然有ったきめてかかり、その上に蒋政権時代には現在よりもすぐれた治安があったと空想している。
李登輝氏が総統に昇格したのち、蒋政権時代の恐怖組織のスタッフだった者が明かした事実に、蒋政権の恐怖組織は「たとへ1000人の無実の者を殺すとも、一人の敵を捕り逃すな」と指示されていた。しかしこのことは、彼が言われなくても蒋政権時代の大人たちは、すでに感ずいていた。
これは メッセージ 9166 (unhoo さん)への返信です.
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