Re: 乃木大将の漢文詩一首
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/06/21 10:03 投稿番号: [8646 / 10346]
taiwanboom様
>初めに日本文で原稿を作り、それを「漢詩訳」していたとは、
これまた知りませんでした。<
わしの言い方がわるかったです。乃木大将は、頭の中で「山川草木うたた荒涼」とまとめてから、手帳に「山川草木轉荒涼」と書いたのであろうと申すのです。
第四句は、外省人の書いた「金州城外夕陽斜」というすんなりした句を見て、初めて「立斜陽」は苦しい表現だななと気がつきました。訓読で想を練るとしたら、かりに「夕陽斜なり」を思いついても、語気が弱くて気に入らず、捨ててしまうのではないかと思います。しかし漢文で考えるなら「夕陽斜」はじつにすっきりしています。
旧陸軍の軍人は漢文が好きでしたね。昭和10年だと思いますが、『少年倶楽部』に山中峯太郎が「星の生徒」という題で幼年学校の新入生を題材にした小説を書きました。一年間連載でした。あのなかに生徒が集まって詩吟会をやる場面がありました。三年生の命令で一年生が次々にやらされたが、皆頼山陽の「鞭声粛粛夜河を過る」しか知らない。三年生は「同じものでもよい。堂堂とやれ」と命令するのです。これで見ると幼年学校の生徒ですら、漢文の詩をいくつか知らないと困るらしい。なお、漢詩と言うと中国では漢代の人が作った詩という意味になります。だからわしは漢文詩と呼ぶことにしました。
近世の日本人で漢文の実力が高かったのは、頼山陽だろうと思います。彼の漢文や漢文詩を見ると、その作文力は綽綽として余裕があるという感じです。彼は平気で日本式漢文を書き、日本式の漢文による詩を作りましたが、これは自分の漢文力に自信があればこそでしょう。
これは メッセージ 8644 (taiwanboom さん)への返信です.
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