Re: 那智高雄さま、「占領下日本製」の時代
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/02/27 02:57 投稿番号: [8457 / 10346]
Made In Occupied Japanは、よく本でも目にしますね。
ところで、ビザンツ帝国の事を思い出していました。
古代ローマ帝国のコンスタンティヌス1世皇帝が、首都をイタリアのローマから、現在のイスタンブールに遷した時からそれは始まり、さらにテオドシウス1世皇帝が、帝国を二人の息子に分け与えて東西分裂し、西帝国は早くに滅び、東帝国、すなわち後世にいうところのビザンツ帝国は、その後約1000年続くのですが、領土がどんどん狭められ、ついには首都コンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)とその周辺のみの小さな国になっても、自分らを「ローマ人」と呼び続けた。
民族的には、もはやイタリア人ではなく、ギリシア系が中心であり、言語もラテン語からギリシア語に変更されていました。
しかし、あくまでも「ローマ」であり続けた。
この場合、地名が由来の「ローマ」ではあっても、意味的にはむしろ、「中華の民」というニュアンスに近いような気が、ワタシにはしてならんのですね。
そもそも古代ローマ帝国自体、彼らが「蛮族」と呼んだゲルマン系諸部族も、ローマ文化に帰依し、ローマ市民権を得たら、「ローマ人」となった。つまり、出身民族がどうあろうと、本来のローマ人と同じ権利を得た。
この辺は、かつての中華帝国が、北方民族であろうと西方民族であろうと、中華文化に帰依したら「中華の民」になれたのと似ているかな、と。
もちろん、今の観点で言えば、ローマ(ビザンツ)も中華も傲慢ではありますが。
ビザンツ帝国、つまり東ローマ帝国は最後まで「ローマ」であり続けましたが(帝国発祥の地であるイタリア半島はとうの昔に奪われてしまっているのに)、さて、台湾は「中華」から完全に脱却するのかどうか。
見守りたいところですね。
これは メッセージ 8455 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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