nachitakaoさま、731部隊のその後
投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2005/09/25 16:24 投稿番号: [7303 / 10346]
那智高雄さま、こんにちは♪
やや涼しくなってきた台北ですが、やはりクーラーがないと辛い状態です。
ゆっくりとしたスピードで秋に突入しているよう。
>昔は川の土手で「ススキ」ににている草をとってきてやはり餅で縁側で月をみて涼んだものです。
うわ、風情があっていいですね!
台湾の中秋節は家族やら友達でわいわい集まって大騒ぎしながら肉を焼いてBBQをやるというもの。風情というものはまったくないんです、ただ熱くて苦しい(*_*)。
中秋節のBBQは、ここ数年で定着しましたが、実は中国、シンガポール、香港等他の中華文化圏ではそういう習慣はないようです。中秋節はBBQという習慣は台湾独自の新しい習慣のようです。
>731細菌部隊の医者が帰国して金沢大学、京都医科歯科大学、東京医科歯科大学、滋賀大学医学部(?)のどで教授となり
そうなんですか!
いやはや、驚きです。
帰国してからどんな研究をやっていたのでしょうか?また細菌部隊での経験がその後の彼らの人生にどのような影響を与えたのが知りたいものです。
>アメリカが汚い交渉をやっても日本国内での政府機関での清浄作用がアクシオンを起こすべきですね。民間組織でもいいですね。全部連合国まかせの司法はおかしい状態をつくりました
なるほど、つまり、戦後、細菌部隊に関する処理は全て連合国がやってしまったので、日本の中での対応、日本人の組織による対応は事実上不可能だったということでしょうか。
確かに当時は敗戦国としてそのような状況であったこと、想像に難くありません。
日本の戦後はそのように連合国の一方的な判断と決定によってスタートし、日本は何がなんだかわからないうちに民主国家として再出発したというのが実情だったのかもしれません。
これは メッセージ 7291 (nachitakao さん)への返信です.
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