GW?
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/30 01:40 投稿番号: [6931 / 10346]
今年は10連休ブチ抜きのシトもいるらしく、けしからん!(笑)
まあいいですけどね。(笑)
>台湾の若い女の子の間では、日本女性=スリムという公式があって、日本食をとりいれたり、ヘルシー豆腐料理に走ったり大変だわ♪
へえ、そうなんですか…。
別カテで、英国在住の日本人がおっしゃってましたが、オランダ人女性から、「豆腐ハンバーグって知ってる?」と自慢げに訊かれたそうでつ。それも日本が最初なんですけどネ。
>韓国のことはよく知らないけど、中国と同じで、政府と国民の関係は搾取したり、されたりという感じかしら♪
中国・朝鮮・越南のような中華国家では(他の東南アジア諸国については、よく知りません)、朝廷(政府)は地主の親分という見方をされていたみたいですね、民衆から。だから中国などは特に、一族や地元民で結束する、と。
「客家(ハッカ)」なんて、あのアパート風の建物、モロに「外の連中なんて信じるものか」という作りですよね。
>日本ってわりと、お上と国民の関係がマイルドつーか、それなりに信頼しあえるのがマルかも♪
一種の理想論かも知れませんが、『古事記』『日本書紀』では、「人民」と書いて、「おおみたから」(天皇の大切な宝)と訓じます。まあ、「国の根本は人民」という考え方の反映でしょうか。
また、日本も平安時代などは、中央から派遣される「国司」(守=かみ)とか介(すけ=次官)とかが住民を搾取しまくったわけですが、それらを武家政権が打ち倒しました。つまり、「反乱」があるわけですね。
そして、武家政権でも腐敗すると、住民が「一揆」などを起こす訳です。それらは大抵、藩政府などによって鎮圧されますが、それを中央政府たる幕府も見逃しません。
ここぞとばかり、藩を取り潰したりする理由にしたりします。
まあ、それをもって、支配者と被支配者が常に良い関係だったとは言いませんが、抑圧されているばかりが住民ではなかった、そして反乱を起こして支配者の体制を揺さぶる事が出来たのが、日本だったとは言えるかも知れませんね。
この辺は、「易姓革命」が起きても、基本は何ら変わらない中華世界とは、違いますね。まあ中華世界でも、例えば清朝とか、朝鮮の世宗王の減税政策とか、良い例はあるんですが。
>日本の歴史のことでこの間も台湾の人と話していたんだけど、日本は江戸時代の前まで中華文明の影響を色濃く受けてきたのに、江戸時代の鎖国時期に中国からの影響を払拭、明治時代には完全に中国とは関係のない独自の文化を主張するようになるような。
中国からすると、これは気分が悪いかも(~_~;)
日本も、『続日本紀』の頃とかは、モロに中華世界のパクリなんですよね。(もちろん、神道とか基本的なものは、日本古来のものを温存しましたが。) なんだか、明治以降の西洋化を突っ走る日本に似ています。中華思想もパクって、「日本こそが『中国』である」と言い切ったシトもいたようです。まあ当時の中国からすればお笑いだったでしょうけれど。
が、それは「迎合」ではなかったようです。と言うのも、例えば『隋書』『旧唐書』『宋史』(北宋)『元史』とかの中国の史書を読んでも、なんだかこう、中国に対してツッパッた日本が浮かんできます。
江戸時代は、鎖国をしていた「停滞」の時代だったという史観が強かったように記憶しますが、ところが、明治維新をやってのけたのも、急速に日本を強国に仕上げたのも、江戸時代の若い世代の日本人なんですからねえ。「ゼロ」からは何も生まれません。「土台」があればこそ、とは言えましょうか。
>この「フランクフルター・アルゲマイネ」紙というのは知りませんでした。この新聞はドイツの左派系新聞?ここでも、中国の反日暴動を批判するなんて、中国はやはり戦略を間違えた?
う〜ん!
なんつうか、アレですよね、「是は是、非は非」なんですよね。
中・韓は、なんでも「善悪二元論」にしてしまい易いんですが、そんなモノ、どこに存在するでしょうか?(笑)
成熟した国の新聞は、例えば○サヒは別として(笑)、「いいものはいい、悪いものは悪い」という、ただそれだけですからね。
まあいいですけどね。(笑)
>台湾の若い女の子の間では、日本女性=スリムという公式があって、日本食をとりいれたり、ヘルシー豆腐料理に走ったり大変だわ♪
へえ、そうなんですか…。
別カテで、英国在住の日本人がおっしゃってましたが、オランダ人女性から、「豆腐ハンバーグって知ってる?」と自慢げに訊かれたそうでつ。それも日本が最初なんですけどネ。
>韓国のことはよく知らないけど、中国と同じで、政府と国民の関係は搾取したり、されたりという感じかしら♪
中国・朝鮮・越南のような中華国家では(他の東南アジア諸国については、よく知りません)、朝廷(政府)は地主の親分という見方をされていたみたいですね、民衆から。だから中国などは特に、一族や地元民で結束する、と。
「客家(ハッカ)」なんて、あのアパート風の建物、モロに「外の連中なんて信じるものか」という作りですよね。
>日本ってわりと、お上と国民の関係がマイルドつーか、それなりに信頼しあえるのがマルかも♪
一種の理想論かも知れませんが、『古事記』『日本書紀』では、「人民」と書いて、「おおみたから」(天皇の大切な宝)と訓じます。まあ、「国の根本は人民」という考え方の反映でしょうか。
また、日本も平安時代などは、中央から派遣される「国司」(守=かみ)とか介(すけ=次官)とかが住民を搾取しまくったわけですが、それらを武家政権が打ち倒しました。つまり、「反乱」があるわけですね。
そして、武家政権でも腐敗すると、住民が「一揆」などを起こす訳です。それらは大抵、藩政府などによって鎮圧されますが、それを中央政府たる幕府も見逃しません。
ここぞとばかり、藩を取り潰したりする理由にしたりします。
まあ、それをもって、支配者と被支配者が常に良い関係だったとは言いませんが、抑圧されているばかりが住民ではなかった、そして反乱を起こして支配者の体制を揺さぶる事が出来たのが、日本だったとは言えるかも知れませんね。
この辺は、「易姓革命」が起きても、基本は何ら変わらない中華世界とは、違いますね。まあ中華世界でも、例えば清朝とか、朝鮮の世宗王の減税政策とか、良い例はあるんですが。
>日本の歴史のことでこの間も台湾の人と話していたんだけど、日本は江戸時代の前まで中華文明の影響を色濃く受けてきたのに、江戸時代の鎖国時期に中国からの影響を払拭、明治時代には完全に中国とは関係のない独自の文化を主張するようになるような。
中国からすると、これは気分が悪いかも(~_~;)
日本も、『続日本紀』の頃とかは、モロに中華世界のパクリなんですよね。(もちろん、神道とか基本的なものは、日本古来のものを温存しましたが。) なんだか、明治以降の西洋化を突っ走る日本に似ています。中華思想もパクって、「日本こそが『中国』である」と言い切ったシトもいたようです。まあ当時の中国からすればお笑いだったでしょうけれど。
が、それは「迎合」ではなかったようです。と言うのも、例えば『隋書』『旧唐書』『宋史』(北宋)『元史』とかの中国の史書を読んでも、なんだかこう、中国に対してツッパッた日本が浮かんできます。
江戸時代は、鎖国をしていた「停滞」の時代だったという史観が強かったように記憶しますが、ところが、明治維新をやってのけたのも、急速に日本を強国に仕上げたのも、江戸時代の若い世代の日本人なんですからねえ。「ゼロ」からは何も生まれません。「土台」があればこそ、とは言えましょうか。
>この「フランクフルター・アルゲマイネ」紙というのは知りませんでした。この新聞はドイツの左派系新聞?ここでも、中国の反日暴動を批判するなんて、中国はやはり戦略を間違えた?
う〜ん!
なんつうか、アレですよね、「是は是、非は非」なんですよね。
中・韓は、なんでも「善悪二元論」にしてしまい易いんですが、そんなモノ、どこに存在するでしょうか?(笑)
成熟した国の新聞は、例えば○サヒは別として(笑)、「いいものはいい、悪いものは悪い」という、ただそれだけですからね。
これは メッセージ 6929 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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