台湾を語る〜〜〜

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Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/06 03:42 投稿番号: [679 / 825]
natunokaze001様:
もし宋が立候補すると、中間層の票をとるでしょう。
しかし、彼の年齢と理屈と印象はかなりむかしの政治家の姿を思いだしますね。どちらかといえば貴方が申すとおり、馬氏が損するでしょうが、英文氏
に大きな益を齎さないでしょう。どうでしょうか?
馬氏と同じ大陸型の政治家であろうからこの際台湾人(本省人)の政治に帰ってきてほしいですね。最も陳水篇が悪い例をつくりましたね。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/10/05 21:37 投稿番号: [678 / 825]
宋楚愉が参選すると、馬の票を一部分、分割して、緑軍に有利と、考える人が多いですが、いざ、参戦推薦登記に入ると、緑軍の党員が、推薦に参加している、うわさが流れ出した。

そうなれば、宋の参選、もしか英文氏に不利かも、との心配する人が増えてきたわけです。

私の味方では、英文氏に有利のほうが本当でしょう。

宋は、李登輝の政権に、大きな力を注いだのですが、李氏のそばで活躍していたころ、台湾人に成り代わるべきところを、外省人そのままな態度が、今、自分を不利にしてしまっているのですね。

今夜のテレビでの、うわさでは、推薦登記は25万は越えたのだが、彼が指し願いした100万表には、達していないようです。

それで、まさかの退選宣言をすることも、あるのではないかと、心配している人だって、多いですよ。

だから、今のところは、果たして、宋が選挙に投身するかが、一番の問題ですね。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/05 11:53 投稿番号: [677 / 825]
natunokaze001様:
例の古老の宋楚愈が遅まきで立候補しました。この裏に隠れる目的は
何であるのでしょうか・李登輝前総統のときに立候補して李氏を助けて
当選させて褒美に台湾省主席と任命されました。彼は副総統の指名を願った
そうですが。外省人だが本島人を助ける奇行をやる人物ですね。
英文さんにとってどんな影響を与えることになるのでしょうか?解れば
予想の範囲で聞かしてください。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/05 11:18 投稿番号: [676 / 825]
pinglong1様:
大雑把なサヨンの鐘とサヨンの歌歴史は佐塚佐和子ー渡辺はま子ー李香蘭
の線で考えておいてください。
満州(満映)、日本、台湾総督の応援で映画「サヨンの鐘」は李香蘭の主演
です。ロケは霧社蕃社(部落)でありました。セダッカの部落であり、1938年に事故が起きた南須墺ではなかったのです。
-------------- - * ------------ * ---------- -*

昭和16年に渡辺はま子が歌う「サヨンの鐘」はテイチクレコードから発売されて渡辺はま子の歌声はぜんこくに響いた人気歌謡であった。霧社事件のときに東京へ(東京音楽学校)留学中の父は内地人母はセダッカ族の娘との間にうまれた佐塚佐和子は日本で数々の台湾の山の歌を歌っていました。佐和子の歌う蕃社の歌の歌詞は経験の無かった西条八十作詞に大きな影響を与えた
点で「サヨンの鐘」の原詞となり
、佐和子もサヨンの鐘を歌って台湾、日本をまわりました。

次に渡辺はま子の総督府と交渉して美談となし、長谷川清総督の肝いりの
サヨンの鐘の完成、記念碑の樹立まで漕ぎ着けた苦労話をかきましょう。

「母国は日本祖国は台湾」、他

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/10/04 21:17 投稿番号: [675 / 825]
「母国は日本祖国は台湾:柯徳三著」/00-16
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=595
 
「帰らざる日本人:蔡敏三著」/00-19
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=594

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/04 15:41 投稿番号: [674 / 825]
pinglong1様:
高雄市の北16キロも走ると、岡山という郷があります。黄文雄氏は高雄市立高級中学の卒でそれから日本留学をしたのです。数回、南CA.で講演していますが、戦後派の日本語は難解です(失礼容赦)。ただ台湾独立派であるのは間違いないですね。拓殖大學卒の台湾、国際関係研究者はbackbonesが筋金入りですね。一応私も高中51期生ですから興味深々のかたですが、あそこまで台湾の日本化を美化されると、書かれるほうが痛し痒しですね。在米の台湾国語世代は彼の趣旨は受けても全体の受け売りとはいけない様ですよ。この本は半分が朝鮮総督の植民地行政を著述しているので、半分のみ有用であります。部分的な箇所では興味ある解釈が面白いですね。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: maotaoton_001 投稿日時: 2011/10/04 14:54 投稿番号: [673 / 825]
黄文雄(こう ぶんゆう)は台湾の評論家、経済史研究者、専攻は西洋経済史。拓殖大学日本文化研究所客員教授。主権回復を目指す会顧問、世界戦略総合研究所評議員。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%96%87%E9%9B%84_(%E8%A9%95%E8%AB%96%E5%AE%B6)

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: pinglong1 投稿日時: 2011/10/04 14:16 投稿番号: [672 / 825]
heitotakaohonors様

  確かに先生の言われる通り日本を美化しすぎるけらいは有ると

  思いますが・・・良く調べて居りますね。存命なのですか?

  「サヨンの鐘」のストーリー楽しみにして居ります。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/02 23:59 投稿番号: [671 / 825]
pinglong1様:記憶を辿れば、先に日本留学していた周英明さんが
昔の東京物理専門学校(今の東京理科大学)の助手になったときですか、
やはり早稲田大学留学の金美麗さんとあった。周さんが台湾独立派で
日本留学台湾青年たちのリーダー格であったらしい。結婚して日本国籍をとり海外台湾独立派の関係で台湾へは周さんは帰国できなかった。金さんは
戦後の日本高官、閣僚などの通訳をしていた。周さんは名誉教授として東京理科大学から引退した。5年前に亡くなられたと思う。米国の台湾系が独立運動の中心であったので台湾関係法の成立に漕ぎ着けた。今じゃ、理工学の
権威在る学校は東京理科と早稲田理工学部、金沢工科大學(?)立命館理工科などの私立が活躍していますね。中国語、台湾語などの関係は愛知大学(上海の同和書院の教授たちが引き揚げて建てた)、九州大学、神戸大学、天理大學、関西学院大學、が伝統を維持しているそうです。台湾の歴史は拓殖大學が受け継いでいますね。
黄   文雄という台湾人は二人有名で、明治大學の先生であった歴史著述家で
貴方が読んでいる本はこの人の出版物ですね。私も日本の植民地の真実を読んだことがありますよ。読むと気持ちの良い感情をかもし出すが、少し度が過ぎた日本肯定的な内容で事実ちょっと差し引いて理解したほうが良いです。もう一人の黄さんは、蒋径国がNYを訪問してPalace Hotelの玄関にはいる瞬間、誰かが撃ったピストルの弾が足を掠めてその場で逮捕された犯人が黄氏でありました。次にサヨンの歌とサヨンの鐘の歌の歴史を記憶を辿ってみます。

サヨンの鐘、他

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/10/02 14:01 投稿番号: [670 / 825]
芒果日報 -- 影音史料 -- 映画「サヨンの鐘」 (1943年, 清水宏監督) より
http://www.youtube.com/watch?v=fGmCcBciX7M&feature=related
 
サヨンの歌 - 李香蘭
http://www.youtube.com/watch?v=6h6Gpfl8VsM&feature=related
 
芒果日報 -- 日治史料 -- サヨンの鐘,莎韻之鐘片段(出征前跳舞)
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=sIgtpdPwRrw
 
サヨンの鐘 / 渡辺はま子
http://www.youtube.com/watch?v=Tz2ukoCNzcQ
 
サヨンの鐘/胡美芳
http://www.youtube.com/watch?v=bqvNQdU_TAs&feature=related
 
1990 忠孝公園 サヨンの鐘
http://www.youtube.com/watch?v=CZ70CMWVP1g&feature=related

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: pinglong1 投稿日時: 2011/10/02 10:42 投稿番号: [669 / 825]
   今、「黄   文雄」氏著書の   台湾は日本人が作った   と言う

   本を読んで台湾の歴史を勉強してます。

   最終章に   サヨンの歌   と言うのが有りますが、物語が

   複雑でまだモヤモヤしてますので分かり易く何方か

   説明戴ければ幸いです。未だに   「サヨンの歌」   って

   受け継がれているんですか?戦前は山口淑子が歌って

   今でも領台派の人は口ずさむと書かれていました。


   金美麗   と   周   英明   夫妻は独立派なんですか?

   日本に帰化した学者ですよね。

   合わせて教えて下さい。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/02 05:42 投稿番号: [668 / 825]
natunokaze001様:
霧社事件の模様は映画で「セダックバレ(真の人)」で詳しいです。

http://ameblo.jp/seediqbale

台中高女を叔父様の世話で卒業した佐和子は東京音楽学校に留学していた

当時に霧社事件が起きています。山や蕃社の歌は彼女のセダッカ族の

血が見事に歌わせたのでしょう。サヨンの鐘は李香蘭が歌って甘い物悲しい

気分に変わっていますね。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/10/02 00:05 投稿番号: [667 / 825]
sennin_0630さま:私もお礼をもうしあげます。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/10/02 00:03 投稿番号: [666 / 825]
heitotakaohonorsさま:前にお聞かせいただいた、佐和子さんの肉音が歌った歌曲、残っていたとは、奇跡ですね。胸を弾ませる調べですね。

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/10/01 02:35 投稿番号: [665 / 825]
sennin0630様:情報ありがとう。能高郡霧社分室主任の佐塚愛祐警部の長女で事件当時は台中市の叔父の家から台中高女に学習中であったので、家族全部が殺害されたが彼女は生き延びました。東京音楽専門学校を出て、私が始めて聞いたのは台湾南部で「望郷の月」であったかな?コロンビヤレコードから
でしょうか。この月、山、蕃社の歌が後の李香蘭の歌った「サヨンの鐘」の原詞になったとききます。台湾では李、渡辺、佐塚などが有名となりましたが、李香蘭は満映とか日本政府の支援ぐるみであったから有名になりました。内地人とセイダッカ族の混血(ふるい呼び方です)だけに原住民特有の
美声があったのでしょうか・

Re: 台湾を語る〜〜〜

投稿者: sennin_0630 投稿日時: 2011/09/30 12:06 投稿番号: [664 / 825]
想い出の蕃山   サワ・サツカ(佐塚佐和子)
http://www.youtube.com/watch?v=jdyvYXFI3l0&feature=related

望郷の月   佐塚佐和子
http://www.youtube.com/watch?v=UDOkGwUKySU

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/30 03:59 投稿番号: [663 / 825]
natunokaze001様:
転換間違いを改正します。米軍の計画ーーー。Operation Olympic -- -.

九州の航空隊基地ーーーです。3ヶ所の改正です。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/30 03:51 投稿番号: [662 / 825]
natunokaze001様:
本土上陸作戦は英米が主戦でOperation of Down Fall(日本殲滅作戦)で
米軍お計画で二つに分かれて構成された。ニミッツの指揮する部隊は東より本土に向けて侵攻する。Operation Coronetと読んだ。他は西のマッカーサー
元帥の指揮するoperation Olynpicと呼び豪州、インドネシヤ、比島、九州をねらいました。ニミッツの部隊は関東地域に上陸して東京を壊滅させる予定。役百万の軍隊の動員を予測して九州の航空隊吉をたたいて関東侵攻軍を助けるのを初期の目的に置いた。宮崎市への上陸は1945年11月1日と決定した。攻撃には数個の原爆、毒ガス、大量破壊兵器、使用を考慮して準備を始めた。原爆2個ではなかった。もし12月以降も本土戦争ならば、人類の破滅をもたらしたでしょう。もっと早くポツダム宣言の条件を飲んでいたら、二つの原爆もなかったでしょう。1945年6月ー8月までは貴重な月日を無駄にしました。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/30 01:23 投稿番号: [661 / 825]
とにかく、本土決戦へ戦火が移らなかったのが、何よりもの、幸運でした。

本土決戦へ移ったら、日本はこな惨めになっていたでしょう。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/29 03:11 投稿番号: [660 / 825]
natunokaze001様:1945年8月15日の終戦日を迎えても露軍は千島列島
の四島攻撃をやめなかった領土分取りをつずけました。スターリンは北海道の少なくとも北半分は要求しました。中華民国は九州の領土を要求しました。トルーマンはこの二つの要求を拒絶しました。日本はまさに植民化寸前
で生き延びました。両国は天皇制を廃止して天皇を裁判にかける意向でした。蒋介石の日誌に戦犯リストに陛下の名前がのっています。しかし、マッカーサーの決定後、改正して陛下の名を消却しています。この日誌は台北の
中華民国軍事資料館の奥に埃まみれで発見されました。今はスタンフォード大學の中華民国の資料セクシオンに移ったかもしれません。中華国人、露人
が宗主なら人口の1/4はこれらの人種で一等国民で日本は二級国民となり、
文化大革命が起きて日本人が大陸の奥地に拉致、抑留されて安い賃金で筋肉労働に従事したでしょう?毛の劉少奇への、スターリンのソルジェーニン・
ツインの末路を見れば直ぐその人命の終わりがわかります。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/29 01:15 投稿番号: [659 / 825]
日本の国土が分割されなかった最大の理由は、アメリカ、ひとつの国が進住したのが、そうさせたのですね?

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/28 01:39 投稿番号: [658 / 825]
natunokaze001様:
台湾は行政権を国民党に移譲する約束だが、帰属権は米英(特に米国)が
維持する帰属未知の島としました。ですから仮にしばらくは監視するべきでありましたね。日本もどうせ近い将来に返還するはずであったが、監視、変革、指導、規制に関心をもった。これは台湾も日本も米英は民主化を徹底
しようとしたからでしょう。だが台湾の民主化を投げ出して、国民党の
反共のカードと交換して経験の無い台湾行政を任したのが失敗の因でしょう。
日本も2−3年だけの米軍の行政管理しか無かったら、必ず社会主義という
今でも二流国に留まっているでしょう。下手すると植民地になっていたかも
しれません。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/28 00:34 投稿番号: [657 / 825]
台湾を蒋介石に、差し上げるつもりだから、監視なんかすること無いですよ。
それも、台湾人の運命ですね。仕方ないことです。

それが陳水扁の八年間、ようやく運が回ってきたのに、結局台無しにされてしまい、思い出すたび、胸がちくちく痛みます。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/27 01:21 投稿番号: [656 / 825]
natunokaze001様:
カイロの会談では英米は台湾の蒋介石と宋美麗の戦後処理に対する意見を打診しただけですね。ところが無茶な要求ばかりで癖癖したのでそれ以降は招待されませんでした。ポッダム会談まで宋美麗は手紙をトルーマンやチャーチルに出しつずけて台湾確保を確実にして、なお九州を望んだそうだ。ポッダムでどうやら英米は台湾譲歩を決めたらしい。ソ連は北海道の北半分を
要求したそうです。これは中華(国民党の)反共、共産主義への反撃を声を出して英米の共鳴を出す操作で九州まで手中にしたかったがチャーチルの反対にあって不成功に終わった。しかしそのために海外援助基金を相当台湾に定期的に流したからには米国は行政権に深く関与するべきでした。海外行政を果たしたことが無い国民党に急激に全部を任したのは無茶な放任主義でありました。反共は消えてもまだ基金援助に悩んだ(基金が蒋介石一派に掠め取られる)がやめられぬ悲劇を米はもちつつずけた。監視の意味でも米軍管理はするべきであった。と思うのですが。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/27 01:17 投稿番号: [655 / 825]
natunokaze001様:
カイロの会談では英米は台湾の蒋介石と宋美麗の戦後処理に対する意見を打診しただけですね。ところが無茶な要求ばかりで癖壁したのでそれ以降は招待されませんでした。ポッダム会談まで宋美麗は手紙をトルーマンやチャーチルに出しつずけて台湾確保を確実にして、なお九州を望んだそうだ。ポッダムでどうやら英米は台湾譲歩を決めたらしい。ソ連は北海道の北半分を
要求したそうです。これは中華(国民党の)反共、共産主義への反撃を声を出して英米の共鳴を出す操作で九州まで手中にしたかたがチャーチルの反対にあって不成功に終わった。しかしそのために海外援助基金を相当台湾に定期的に流したからには米国は行政権に深く関与するべきでした。海外行政を果たしたことが無い国民党に急激に全部を任したのは無茶な放任主義でありました。反共は消えてもまだ基金援助に悩んだ(基金が蒋介石一派に掠め取られる)だがやめられぬ悲劇を米はもちつつずけた。監視の意味でも米軍管理はするべきであった。と思うのですが。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/26 22:57 投稿番号: [654 / 825]
終戦当時、アメリカは、すでに台湾は国民党軍に差し上げるつもりだから、兵の派遣をしなかったです。

終戦後の、勢力範囲の割拠、大きな間違いをしているので、それが今にも、大きく影響しているのです。

南北朝鮮の問題や、台湾問題、など、ほかにも、多くあります。

普通語とは、普遍に通用できる言葉の意味で、今の大陸でも、そのように称呼しています。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/26 04:11 投稿番号: [653 / 825]
natunokaze001様:
戦前から台湾には「国語家族」という名前がありました。内地人と同じく、思想
では本島人の指導者でありました。国民党が来て以来台湾官吏が北京語の
普遍化の促進で日本時代にしようした「国語家族とか国語世代」とかを思いつき北京官吏に忠言したのでしょう。早速利用されて効果がでたのですね。
日本では「普通語」という名前はありません。玄関横の門札に「国語家族」という木札がぶら下がりました。蒋介石の台湾行政を全体的に承認した米軍行政官庁は沖縄の様に直接行政ー間接行政にしてゆけば返還ができます。
台湾の行政を全部中華民国に任したのが歴史的な間違いでした。沖縄のごとく米軍行政(直接)−中華政府を米国の国務省の最高行政官のしたに中華の高等弁務官を置いて民主制度で経験を積ませて全面移譲に向かうべきでした。
全面移譲の時に、日本へ、本島人へ、余裕の在る変更が出来たはずですね。
米国の大きな間違いは後刻アジアに大きな悔恨を残すことになりました。
その沖縄ですが、民主制度に変更できたのは誰のおかげであるかが理解できない亡国となりつつありますね。日米同盟が鳩山や菅のおかげで緩んだ時、
直ぐその間歇をついて領土を分捕るのが中国、韓国、ロシヤであります。今尖閣諸島は中国漁業監視艦艇の侵犯に抗議するのに静一杯です。その抗議を
屁とも思わぬのが中国の持論です。2009年の秋頃までは静かな東アジア、南アジア海域だったのです。このころまでは日米同盟が磐石であったのです。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/25 23:30 投稿番号: [652 / 825]
台湾官吏の仕業に違いありません。蒋介石の日本教育は、そんなに進入していません。

台湾官吏は、教育勅語だけでなく、北京語教育の普及するに、北京語を『国語』と呼ぶようにさせたのです。そして、国語推進委員会という組織をして、ショウケイコクの先生を勤めていた『呉稚揮』を、理事長にして、極力に、推進しました。効果は、抜群でした。

大陸滞在の時分。国語という言葉は無かった。北京語のことを、『普通語』と、ショウしていた。今の共産党もこくごといわずに「普通語』と、呼んでいる。

敗戦が無かったら、台湾は沖縄同様に永久に日本領土である。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/25 02:57 投稿番号: [651 / 825]
natunokaze001様:
前のメッセの中の「暗礁」は間違いです。暗誦ですね。暗唱でも良いとおもいますが。
改正して謝ります。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/25 02:51 投稿番号: [650 / 825]
natunokaze001様:
蒋介石の遺書訓話を暗礁させたのは確かに効果があったでしょうね。本島人の官吏が日本統治時代の教育勅語や軍人勅語を思い出して、真似た形跡は
十分考えられますね。もしかしたら、本島人官吏が申しだす前に、蒋介石自身が日本の陸士の予備校、振武学校で昼夜暗礁させられた勅語を思い出して
立案したかもしれません。1980年頃まで小、中、高(?)でつずいたのですか。
でも時と共に機運が薄れて行ったのは内容が民主的でなかったからでしょう。御用訓話では直ぐ化けの皮がはがれてしまいます。日本自大は50年
営々とつずきましたね。敗戦が無ければずっと永続したでしょう。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/24 22:05 投稿番号: [649 / 825]
孫文の遺書朗読は、蒋介石が台湾へ非難して、台湾の官僚が、日本時代の教育勅語の教育効果を持ち出して、蒋介石に薦めたのだと、考えられます。
かなり徹底しています。台湾人民の中華化に大変役立っています。

蒋介石が死去した際にも、遺書を残しておりますが、時代が変わり、ショウ自身の影響力も、大変に弱退化しており、もう、暗ショウするものは無かったです。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/24 06:43 投稿番号: [648 / 825]
natunokaze001様:私の浅薄な知識からの推察ですが、王精衛はあまりにも長い戦争で八路軍と国民党軍からの犠牲者がおお過ぎるし苦難が大きいと、戦争早期
処理を願ったが重慶に引きこもった蒋介石は和平の手をぜんぜん打ちませんでした。自分は双方の間にたって仲介を果たし早く和平に漕ぎ着けたい意思から重慶を抜け出して、昆明、香港、ハノイから南京に凱旋して中華(南京に)政府を設立して日本との和平斡旋にまい進した。色々なアプローチをしても動かない国民党政府に業を煮やした近衛首相は王精衛の政府を見て、以後重慶政府を相手にしないときめつけました。王と蒋とはかけ離れた存在同士になったが、王が孫文と近い関係だっとはしりませんでしたね。そんな遺書を台湾での小、中、高で教科にしているのですか。往時の教育勅語を学ばせる様なものですね。台湾では、国民が中国よりの記事で覆う中、自分の意見を持っている様に見えますね。メデヤのいう事をまず否定することから始まるのが最初の読書感です。それから自分で考え出すのです。
日本では昔さながら「右を向けと命令されると一斉に全員が右を向く」人生観
をまだもっているのですね。メデヤはたやすく国民を思う方向へ引っ張っていきますね。あまり戦争中と変わっていません。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/23 23:21 投稿番号: [647 / 825]
孫文が死する当時、蒋介石の身分は、孫に近寄ることのできるものではありません。
が、王精衛は孫の秘書ですから、始終そのそばにおりました。

孫が死する寸前、からだが聞き取れなく、筆を執ることもできないでした。
その遺書は、一字一字、口伝えで、王が書き写したのではありません。

王精衛は長く、孫の側近として、身放さず、仕事していたので、二人の気合は一緒です。その遺書は、王が、孫の気持ちを察して、書いて、孫が目を通しただけです。孫は満意でうなづき、それが歴史上、「総理遺属」(口偏加える)となり、学生(大、高、中,小)のすべてが、毎月曜日の朝、クラスで朗読するように決めております。

その王精衛が後、あんな運命をたどるとは、誰が思いつくのだろうか?

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/23 08:40 投稿番号: [646 / 825]
なつのかぜ001様:
孫文に尽くした日本人は頭山満、山田という人物が心身をわすれて献身したらしい。山田という人物は孫文が亡くなるとき、、妻の宋00から、「先生、夫の死に水をとってほしい」と頼まれて、涙を流しながらガーゼで口を拭いたとあります。山田という人物を検索してみます。頭山は蒋介石が逃亡してきて、世話を依頼されたので、長く蒋介石をみたそうだ。かえるにあたって、日中共同で八路軍を打つことが大事であるとさとした。共産軍を当面の敵と
する考えに、蒋介石は「先生、私は仰ることを決して裏切りません」と硬く
ちかったそうだ。しかし国共合作で、張学良の説得に応じて日本を敵に回す
裏切りとなりました。裏切った後の付けが回って来て人民軍に敗走して台湾まで巻き込みました。孫文は後継者を王精衛にしたかったのですか?

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/22 23:26 投稿番号: [645 / 825]
もちろん、孫文を「国父」に棚上げにして、祭るは、自分の地位を固めるためです。
大陸時代の孫文の尊称は「総理」でした。それは国民党の最高職位でした。孫が死去するや、その職位をそのままにして、二度と使わないようにした。

台湾へ来るなり、「国父」という称呼が発明されたわけです。そして、蒋介石は国民党の「総裁」に就くことになった。

大陸では、孫文のことを「革命先進」と呼んでいた。利用価値も残っているので、即座に,捨てる手をとらなかった。

孫文が死亡する際の側近は、王精衛でした。孫文の遺書は王精衛が書いて、孫文が見た後、定着したのでした。だから、そのとき、蒋介石はまだ、後ろ列のほうでした。が、軍力を持っているので、王精衛が除外されたことでした。

尤も、孫文は、王精衛にあと継ぐを望んだのでしたが〜〜文人であるために
決闘に負けてしまったのである。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/22 03:01 投稿番号: [644 / 825]
natunokaze001様:
蒋介石が台湾へ避難するとすぐ孫文の国父化にまい進したのですか。国父と確立されれば自分の系統性に意義がますますつきますからね。中国の国父はやはり毛澤東ですかね。とすると孫文の地位は中国では何であるのですかね。
孫文がしばらく総統職を果たしてから一時辞職して袁00に移譲しましたかね?そうなら袁が初代総統のはずですがね。
宋の三人姉妹ではやはり長女が先見の明があったのですかね?

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/22 00:44 投稿番号: [643 / 825]
蒋介石が台湾に非難するや、たちまち孫文の「造神」運動に取り掛かりました。名を「国父」と、取り替えて、蒋自身が孫文の直系みたいなカッコで、台湾に君臨すること、五十年。ついにその天下を築いたことになります。

大陸では、宋慶齢の亭主なれど、国父の称号はまったく無いです。慶齢は、共産党員に加入を求めたが、生涯、許可されませんでした。死亡するサイに始めて許可が下りました。

こんな風刺なことは、ほかに例がないです。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/21 01:39 投稿番号: [642 / 825]
natunokaze001様:
政略結婚、支援団体、支援個人、革命家、財閥、ハワイの長兄、日本の支援家などから資金を集めています。、孫文の妻の宋慶齢は米国の大学(文学士)卒で結婚式は日本でやりました。妻と第二夫人を含めると、日本の大月薫さんも入れて4人いました。薫さんは15歳で同居しました。そして薫さんは一生孫文からの手紙を待ちました。宋美麗は蒋介石の病死と同時に、台湾に留まらず、一人優雅な生活を求めてニューヨークに移住しましたね。随分勝手な振る舞いで台湾の税金が流れてしまいました。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2011/09/20 22:29 投稿番号: [641 / 825]
少なくても、口のほうは達者でしょうね。で、無かったら、大金集まらないでしょう。

Re: 最近の政治情勢〜

投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/09/19 03:22 投稿番号: [640 / 825]
夏の風001様:
孫文の国民党総統の位置はハワイの長兄のおおきな援助と日本の大陸政治家
支援のグループが居なければ成功しなかったですね。徳富蘇峰、宮崎天箔
などが最後まで援助したのです。
孫文はまったく幸運な人物でありました。
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