Re: 台湾に関する歴史〜〜〜
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2011/02/19 04:17 投稿番号: [308 / 825]
natunokaze001様:
内地人の家庭が裕福であればあるほど、台湾経験がすくないのです。
貧しい層の内地人は台湾子弟と遊び話し、相手の家へ出かけたものです。
交流から会話が生まれて遊び仲間とは日台語ごちゃ混ぜで話していましたね。
台湾料理を控えた理由は、マラリヤ、デング熱がいつも流行っていました。
其処から蝿や蚊の飛び交う食物は伝染の基と空想したものです。
コレラが流行ると家から余り遠くへいけないし、毎日掛かる人の行方が
心配となってブースで売る食は手がでませんでした。普通の時は母から
小遣をもらい、夜市に出かけて粽、養鶏飯、蝸捲きなどを食べたものです。
週末には近所の本島人貧困層住宅地から1−2人遊びにきてお帰りには
我が家の米びつから失敬してゆきました。洗濯、掃除バーさんは文句を
言いましたが、母は見て見ぬ振りをしていたのでしょう。私は2/3が内地人
野ともで1/3が本島人の友でありました。彼らはほんとに貧しくて鉛筆も
買えないと申し、私の分を失敬していきました。戦後高雄空港に出迎えて
呉れて南部一周のガイドをしてくれたのですが、大歓迎会で母の状態を
聞いてくれたが3年前になくなったと話すと、嗚咽声になり、僅かなお米や肉がこんなに助けとなったのかと今更感激しもっとあげればよかったと
思った後悔の念にかられました。彼は米国留学して英語が達者なビジネスマンとなっていました。貧困は全く人生のマイナスとは言えないものですね。
これは メッセージ 307 (natunokaze001 さん)への返信です.
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