鵬 / 雲雨巫山
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/12 23:37 投稿番号: [74 / 735]
漢詩「セントレア」に
>天際展鵬翼 天の際(はて)に鵬(おお)きな翼を展(ひろ)げて<
とありました。
「鵬」は、発音も意味も「鳳」と同じです。
『莊子』の冒頭に出てくる巨大な想像上の鳥で、
この「鳳」は孔雀の姿をかたどった象形文字です。
この字の外側部分は「風」を表現しています。
風は、鳥の姿をして、四方の神の意思を伝えるためにやってくる使者
なのだそうで、そのなかでも最も神聖なのが「鳳」だそうです。
この鳳が飛ぶためには、その巨大なからだをささえるだけの厚い空気の層が
必要で、九万里も上昇するとあります。
いま、飛行機のような巨大で重い金属のかたまりがなぜ空を飛ぶのかと
不思議に思うとき、すでに古代の人がそのことにきづいていたことに
思いをはせ、驚かずにはいられません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、神農には三人の娘があった。そのうちのひとり、瑤姫の物語です。
楚の懐王とその子襄王の父子二代には、
瑤姫とのあいだに有名なロマンスがあります。
俗に「巫山の夢」「雲雨巫山」といわれている故事がそれです。
宋玉の「高唐賦」「神女賦」にうたわれています。
瑤姫もまた女<女圭>(じょあ)とおなじように美しく情熱的な少女で
あったが、年ごろになって、しかもまだ異性に愛されることの歓びを
味わわずに処女(おとめ)のままで亡くなってしまった。
ほど経て姑●山という山の中腹に、可憐な黄色い花を咲かせて実をむすんだ
一株の瑤草こそは、かの女の化身だったのである。
だからこの草の実をとって食べたものは、
誰でもきっと異性から愛されるようになるという。
ところで、若い蕾のままで散った瑤姫の運命をあわれんだ天帝は、
やがてかの女を四川省にある巫山につかわして雲雨の神に封じた。
それからというもの、かの女は朝(あした)には一片の美麗な朝雲と化して
山嶺峡谷のほとりをさまよい、暮(ゆうべ)には瀟瀟たる暮雨に変じて
山谷の間にふりそそぎ、胸中のやるせない情熱を鎮めたのである。
はるか後の世になつて――戦国時代の末に、
楚の懐王が雲夢沢(うんぼうたく・湖北省にある沢名)に遊んで、
高唐の台(うてな)に憩ったときの昼寝の夢に、
幻のようにたち現れたかの女は、燃えるような情熱で懐王と契りを結んだ。
夢さめてのち、かの女が巫山の女神であることを知った懐王は、
いとおしさにたえかねて、高唐の近くに“朝雲廟”を建て、
かの女の霊をなぐさめてやった。
不思議はそればかりではない。
のち懐王の子の襄王もまたこの地に遊んで高唐に泊ったが、
その夕(ゆうべ)、夢のなかにかの女は再びその妙なる姿を現したという。
そして父子二代にわたる妖しくも美しいこのロマンチックな情事の顛末は、
襄王のおそばにはべる宮廷詩人宋玉によって、
“高唐賦”“神女賦”二篇の賦中に書きしるされ世に伝えられた。
(いまその二賦は『文選・もんぜん』に収められる)
男女の秘めごとを、巫山の夢・巫山の雲雨とよびならわすことの
起こりがこれである。
●「瑤」の、「王へん」が「女」。姑●山(こようざん)
★駒田信二・常石茂『新十八史略』一, 河出書房新社 より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
宋玉「高唐賦」(『文選』巻十九他)の序文に見えるのは、次のようである。
昔、楚の襄王は宋玉と雲夢の臺に遊び、そこから高唐の觀を眺めた。
觀上に横たわる雲氣を見て、宋玉は、それは「朝雲」であるといい、
来歴を次のように明かした。
昔、先王が高唐に遊び、晝寢の夢の中に現れた女と枕席を共にした。
女は「妾(わたし)は巫山の南、高丘の險阻な所に居り、
朝には朝雲となり、暮には行雨となります」と言って去った。
果たしてその通りだったので、そこに廟を立てて朝雲と號した、と。
★中鉢雅量『中國の祭祀と文學』創文社 より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
>可憐な黄色い花を咲かせて実をむすんだ一株の瑤草こそは、
かの女の化身だったのである。<
上記はまた『紅楼夢』のはじめのほうに出てくる「絳珠草」を連想します。
『紅楼夢』のヒロイン・林黛玉は、この絳珠草の化身です。
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>天際展鵬翼 天の際(はて)に鵬(おお)きな翼を展(ひろ)げて<
とありました。
「鵬」は、発音も意味も「鳳」と同じです。
『莊子』の冒頭に出てくる巨大な想像上の鳥で、
この「鳳」は孔雀の姿をかたどった象形文字です。
この字の外側部分は「風」を表現しています。
風は、鳥の姿をして、四方の神の意思を伝えるためにやってくる使者
なのだそうで、そのなかでも最も神聖なのが「鳳」だそうです。
この鳳が飛ぶためには、その巨大なからだをささえるだけの厚い空気の層が
必要で、九万里も上昇するとあります。
いま、飛行機のような巨大で重い金属のかたまりがなぜ空を飛ぶのかと
不思議に思うとき、すでに古代の人がそのことにきづいていたことに
思いをはせ、驚かずにはいられません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、神農には三人の娘があった。そのうちのひとり、瑤姫の物語です。
楚の懐王とその子襄王の父子二代には、
瑤姫とのあいだに有名なロマンスがあります。
俗に「巫山の夢」「雲雨巫山」といわれている故事がそれです。
宋玉の「高唐賦」「神女賦」にうたわれています。
瑤姫もまた女<女圭>(じょあ)とおなじように美しく情熱的な少女で
あったが、年ごろになって、しかもまだ異性に愛されることの歓びを
味わわずに処女(おとめ)のままで亡くなってしまった。
ほど経て姑●山という山の中腹に、可憐な黄色い花を咲かせて実をむすんだ
一株の瑤草こそは、かの女の化身だったのである。
だからこの草の実をとって食べたものは、
誰でもきっと異性から愛されるようになるという。
ところで、若い蕾のままで散った瑤姫の運命をあわれんだ天帝は、
やがてかの女を四川省にある巫山につかわして雲雨の神に封じた。
それからというもの、かの女は朝(あした)には一片の美麗な朝雲と化して
山嶺峡谷のほとりをさまよい、暮(ゆうべ)には瀟瀟たる暮雨に変じて
山谷の間にふりそそぎ、胸中のやるせない情熱を鎮めたのである。
はるか後の世になつて――戦国時代の末に、
楚の懐王が雲夢沢(うんぼうたく・湖北省にある沢名)に遊んで、
高唐の台(うてな)に憩ったときの昼寝の夢に、
幻のようにたち現れたかの女は、燃えるような情熱で懐王と契りを結んだ。
夢さめてのち、かの女が巫山の女神であることを知った懐王は、
いとおしさにたえかねて、高唐の近くに“朝雲廟”を建て、
かの女の霊をなぐさめてやった。
不思議はそればかりではない。
のち懐王の子の襄王もまたこの地に遊んで高唐に泊ったが、
その夕(ゆうべ)、夢のなかにかの女は再びその妙なる姿を現したという。
そして父子二代にわたる妖しくも美しいこのロマンチックな情事の顛末は、
襄王のおそばにはべる宮廷詩人宋玉によって、
“高唐賦”“神女賦”二篇の賦中に書きしるされ世に伝えられた。
(いまその二賦は『文選・もんぜん』に収められる)
男女の秘めごとを、巫山の夢・巫山の雲雨とよびならわすことの
起こりがこれである。
●「瑤」の、「王へん」が「女」。姑●山(こようざん)
★駒田信二・常石茂『新十八史略』一, 河出書房新社 より
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宋玉「高唐賦」(『文選』巻十九他)の序文に見えるのは、次のようである。
昔、楚の襄王は宋玉と雲夢の臺に遊び、そこから高唐の觀を眺めた。
觀上に横たわる雲氣を見て、宋玉は、それは「朝雲」であるといい、
来歴を次のように明かした。
昔、先王が高唐に遊び、晝寢の夢の中に現れた女と枕席を共にした。
女は「妾(わたし)は巫山の南、高丘の險阻な所に居り、
朝には朝雲となり、暮には行雨となります」と言って去った。
果たしてその通りだったので、そこに廟を立てて朝雲と號した、と。
★中鉢雅量『中國の祭祀と文學』創文社 より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
>可憐な黄色い花を咲かせて実をむすんだ一株の瑤草こそは、
かの女の化身だったのである。<
上記はまた『紅楼夢』のはじめのほうに出てくる「絳珠草」を連想します。
『紅楼夢』のヒロイン・林黛玉は、この絳珠草の化身です。
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これは メッセージ 73 (ajisai110701 さん)への返信です.
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