紫陽花亭日乗

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Re: 『蕭蕭』     沈従文

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/10/16 00:24 投稿番号: [660 / 735]
夜が明けた。
夢は見なかったけれど無意識に目を閉じたり開けたりする。
目前の空に咲いた変幻無端の黄色い花弁、紫の芯の向日葵の花を
しばらく眺めているのはたとえようもないほどの喜びだ。

  蕭蕭がこの家に嫁ぎ、にぎりこぶし大の夫の幼妻となったが、
すべてが決してそれ以前よりも苦痛というわけではなかった。
このことはただ、ここ一年来の蕭蕭の身体の発育を見ても明らかだ。

風の日もあった、雨の日もあった。
畑のすみに植わっている、人の注意をひかないトウゴマが、
葉も大きく枝も大きく、日増しに繁茂するかのようだった。
この小さな女の子はまったく幼夫の立場おかまいなしに、
日一日と成長していった。

夏の夜の光景は、言うなれば夢のようだ。
みな夕食後は庭の真ん中に集まって涼をとる。
シュロのうちわで煽ぎながら、空の星や屋根のすみの蛍を見る。
カボチャ棚のそばで機織り娘がカラカラと紡ぎ車を回す音を聞く。
遠く近く聞こえるその音の繁密さは雨音のようだ。
禾花のにおいを含んだ風がそよそよと顔にあたる。
まさに、それぞれが好き勝手に笑いさざめくくつろぎのひとときである。

蕭蕭は高いところが好きで、いつも一人干し草の山の上に上る。
とっくに熟睡している幼夫を懐に抱き、小声でそっと好き勝手に、
自作の四句リフレインの民謡を歌う。
何度も歌ううちに自分も眠くなってくる。そしてじきに寝てしまう。

庭の土手のなかには、母方、父方両方の祖父母、他に手伝いの男が二人いて、
勝手気儘に小さな木製の丸椅子に座り、よもやま話をし古(いにしえ)に学ぶ。
かわるがわるおしゃべりをして夜中まで過ごす。

祖父の傍には煙草があり、暗闇に光を放っている。
このヨモギで作った煙草はナガアシ蚊の駆逐にききめがあり、
祖父の足もとあたりにとぐろを巻いてあたかも一匹のカサンドウのようだ。
その煙は、途切れ途切れに、或いはまた、
何かを掴むように小テーブルの下をゆらゆらと漂う。

昼間あったことを思い出し、祖父が口を開く。

「わしゃ、三金から聞いたんじゃが、
おとといまた女学生が通り過ぎるのを見たんじゃと」

皆はそこでどっと笑う。

この笑いの意味するところは何か。
みなのイメージするところでは、女学生というものは髪をおさげに編んでおらず、
ウズラの尻尾のような髪型をしていてまるで尼さんみたいにおかしな髪型だ。
着ているものは西洋人みたいでもあり、西洋人でないようでもある。
食べ物、日用品、・・・要するに、いろんな事柄が自分たちとは違っており、
思い出すと非常にへんちくりんで可笑しなものだ。



★>にぎりこぶし大の夫の嫁<
原文は、「拳頭大丈夫的小<女息>婦」。
「丈夫」は、現代漢語では「夫」のことですが、
古語では「一人前の男」「成人男子」のことを言います。
ここでは、わたしは両方の意味を兼ねていると思います。
げんこつの小ささと対象的に「いっちょまえの男」という言葉を配し
「おかしさ」「ユーモア」を表現しているのではないでしょうか。

★禾花
「禾」はイネ科植物。夏なので穀物の花が咲いているのでしょう。

★>自作の四句リフレインの民謡<
原文は、「自編四句頭山歌」。
「蕭蕭」の舞台は江南のほうと思われます。
安徽省の地方劇に「四句推子」というのがあり、
歌は四句を繰り返すだけの単調なものです。
それに、古詩・『詩経』には四言詩が多くあります。
たぶん、そういうことを念頭に置いた素朴な感じの歌ではないかと思います。


つづく

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