Re: 両雄倶には立たず――白川静と藤堂明保
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/02 01:13 投稿番号: [419 / 735]
うーん、藤堂先生がそんなに思いあがった気持ちで書いたという感じは、
ぼくはしないのだが、外の人から見るとそう見えるのかもしれないなあ。
白川氏が丁稚奉公をしたことも、独学であることも、
『漢字』が最初の著書であることも、ぼくは知らなかった。
そのこともあり、また右のAさんの文章はなかなか気がきいていて、
仲間うちのメールだけにしておくのは惜しい気がするので御紹介しました。
なお右文中に「私淑していた」とあるのは、Aさんは散歩会に比較的新しく
参加したメンバーで、それ以前からぼくの本を読んでいてくれていたからです。
言葉の意味をとりちがえているのではないので念のため。
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★「私淑」とは、面識がなく直接の教授を受けていないが、
その人を一方的に尊敬して師と仰ぐことです。
もとは『孟子』にある言葉です。
★本文は以上で終わりです。
以下は、『お言葉ですが・・・』別巻③のあとがきにあったものです。
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あとがき
(・・・)うち、『ユリイカ』に書いたものの「両雄倶には立たず」
という題は、『ユリイカ』の編集者がつけたものである。
ぼくは、白川静氏も藤堂明保氏も別に「雄」とは思わないし、そもそも、
現存の人やごく最近の人を「何々の雄」と表現する発想がない。
なおこの原稿は、人にえこひいきと思われるのはイヤだから、白川・藤堂
両人の言い分を均等に紹介してぼく自信の評価はさしはさまなかったが、
率直に言って、白川氏の書いたものは二つともいたって程度の低いもので
あった。(・・・)
――了――
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これは メッセージ 418 (ajisai110701 さん)への返信です.
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