Re: 両雄倶には立たず――白川静と藤堂明保
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/02 01:11 投稿番号: [418 / 735]
白川氏と藤堂氏との考えかたのちがいはどこにあるのか。
白川氏は、一つ一つの漢字の持つ意味は、
その文字の図柄(形)が表現している意味なのだと考える。
藤堂氏は、漢字があらわしているのはことば(一つ一つの単語)
なのであって、図柄(藤堂氏のことばを用いるならば漫画)は、
そのことばの意味の一例を図示したものにすぎない、と考える。
藤堂氏と白川氏との論争はなかなか激烈ではあるが、
そのわりには噛み合っていない。
それはこの考えかたの差が埋まらなかったからであり、白川氏がその長い
反論においても藤堂氏の考えかたの本質を理解しなかったからであろう。
藤堂氏が「反論の反論」を書かなかったのも、自分の考えかたがとどいていない、
手のほどこしようがない、とあきらめたゆえであろうと思われる。(10,1)
<附記>
われわれの散歩会の一員であるAさんが右拙文を読んで、
散歩会の人たちにメールを送り、ぼくにも送ってくれた。
なかなかおもしろいので左に御紹介します。
<散歩会各位
あけましておめでとうございます。
『ユリイカ』一月号(白川静特集)を開いたら、
高島先生がコメントを寄せられていたのでびっくりしました。
(白川静VS 藤堂明保論争)についてのコメントです。
藤堂さんというのは東大文学部中国語学の元教授で漢字学の権威、
単語家族という考え方に基づいた漢字の字源に関する著作が多数あります。
(この学統を継いでいるのが茨城大学の加納善光さんです)。
片や白川さんは丁稚奉公先で漢籍に接し、独学で中国古典を学び、
漢字の字源に興味をおぼえてこれも独学で研究した人です。
高校の教諭から戦後立命館大学の先生になって、自身の研究成果をガリ版で
刷って学会に配布し、それが岩波の編集者の目にとまって、
はじめて活字になったのが岩波新書の『漢字』という本でした。
その本に中央の権威である藤堂さんが噛みついた。
その争点と食いちがいについては、
高島先生がわかりやすくまとめてくださっています。
ただ、僕は藤堂さんの白川批判を読んで、
「藤堂って人はなんて大人気ない人なんだ」と感じました。
批判のトーンが、いうなれば、「高校の教員上がりの分際が漢字の基礎も
知らずに、漢字の字形にばかり頼って漫画みたいなこというじゃねえよ」
「岩波ともあろう出版社が、権威であるわが輩をさしおいて、こんな
田舎教授に漢字の本を書かせたのか」という下品なものだったからです。
高島先生は東大中国文学のご出身だから(また、単語か俗論に近い
漢字解釈をしていらっしゃるのをいくつか眼にしていたので)、
先のコメントでは藤堂さんを擁護されるんだろうとか、と思って読みました
が、きわめてニュートラルな立場でのご発言だったのでほっとしました。
高島先生にも白川さんにもともに私淑していた身として、『ユリイカ』の
先生のコメントを呼んだのを契機に、ちょこっとメールを思い立った次第。>
つづく
~~~~~~~~~~~~~~~~~
★Aさん・・・実名で出ていますが、ここではAさんとしました。
6164
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白川氏は、一つ一つの漢字の持つ意味は、
その文字の図柄(形)が表現している意味なのだと考える。
藤堂氏は、漢字があらわしているのはことば(一つ一つの単語)
なのであって、図柄(藤堂氏のことばを用いるならば漫画)は、
そのことばの意味の一例を図示したものにすぎない、と考える。
藤堂氏と白川氏との論争はなかなか激烈ではあるが、
そのわりには噛み合っていない。
それはこの考えかたの差が埋まらなかったからであり、白川氏がその長い
反論においても藤堂氏の考えかたの本質を理解しなかったからであろう。
藤堂氏が「反論の反論」を書かなかったのも、自分の考えかたがとどいていない、
手のほどこしようがない、とあきらめたゆえであろうと思われる。(10,1)
<附記>
われわれの散歩会の一員であるAさんが右拙文を読んで、
散歩会の人たちにメールを送り、ぼくにも送ってくれた。
なかなかおもしろいので左に御紹介します。
<散歩会各位
あけましておめでとうございます。
『ユリイカ』一月号(白川静特集)を開いたら、
高島先生がコメントを寄せられていたのでびっくりしました。
(白川静VS 藤堂明保論争)についてのコメントです。
藤堂さんというのは東大文学部中国語学の元教授で漢字学の権威、
単語家族という考え方に基づいた漢字の字源に関する著作が多数あります。
(この学統を継いでいるのが茨城大学の加納善光さんです)。
片や白川さんは丁稚奉公先で漢籍に接し、独学で中国古典を学び、
漢字の字源に興味をおぼえてこれも独学で研究した人です。
高校の教諭から戦後立命館大学の先生になって、自身の研究成果をガリ版で
刷って学会に配布し、それが岩波の編集者の目にとまって、
はじめて活字になったのが岩波新書の『漢字』という本でした。
その本に中央の権威である藤堂さんが噛みついた。
その争点と食いちがいについては、
高島先生がわかりやすくまとめてくださっています。
ただ、僕は藤堂さんの白川批判を読んで、
「藤堂って人はなんて大人気ない人なんだ」と感じました。
批判のトーンが、いうなれば、「高校の教員上がりの分際が漢字の基礎も
知らずに、漢字の字形にばかり頼って漫画みたいなこというじゃねえよ」
「岩波ともあろう出版社が、権威であるわが輩をさしおいて、こんな
田舎教授に漢字の本を書かせたのか」という下品なものだったからです。
高島先生は東大中国文学のご出身だから(また、単語か俗論に近い
漢字解釈をしていらっしゃるのをいくつか眼にしていたので)、
先のコメントでは藤堂さんを擁護されるんだろうとか、と思って読みました
が、きわめてニュートラルな立場でのご発言だったのでほっとしました。
高島先生にも白川さんにもともに私淑していた身として、『ユリイカ』の
先生のコメントを呼んだのを契機に、ちょこっとメールを思い立った次第。>
つづく
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★Aさん・・・実名で出ていますが、ここではAさんとしました。
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これは メッセージ 417 (ajisai110701 さん)への返信です.
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