紫陽花亭日乗

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

両雄倶には立たず――白川静と藤堂明保

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/31 00:36 投稿番号: [408 / 735]
両雄倶には立たず――白川静と藤堂明保の「論争」
高島俊男『お言葉ですが・・・』別巻③より

  雑誌『ユリイカ』の編集者 A さんからお手紙をちょうだいした。
「白川静特集」をやるから原稿を書け、とのおおせである。

  わたしは、白川氏のしごとに関してはまったく不案内である。
同封の「特集企画案」には、「今日、白川静の遺した『字訓』『字統』
『字通』の三冊を紐解かずに日本語 / 漢字を語源的に論ずることは困難だ。
それほどまでに白川静の遺した仕事は強大であり、超絶なものだ」とあるが、
その三冊を見たこともない。ほかにどんな著書があるのかも知らない。

  してみれば A さんがわたしに原稿の注文をくださったのは何かのまちがい
で、わたしには「白川静特集」に原稿を書く資格がそもそもないのである。

  ただ、A さんの手紙には左のようなくだりがあって、
それがわたしの感興をひいた。

<白川静の登場にとって、岩波新書『漢字』発売後の『文学』誌上での
藤堂明保との応酬は、学問的にも一般読者にとっても、印象的なものだった
と存知ますが、それから既に四○年が経とうとしており、私自身だけでなく、
現在の読者の多くはその論争が実質的にはどのような問題を取り扱って
いたのか、十分に把握していないのではないかと思われます。
それと同時に、藤堂明保が随分と簡単に論駁されてしまったという
イメージを持っている読者も少なくないのではないでしょうか。 >

  四十年前と言えば昭和四十年代の半ばである。
藤堂氏は東京大学文学部で中国語学を担当していた。

  当時わたしは藤堂氏にわりあい近いところにいたが、右のような白川氏
との「応酬」があったとは知らなかった。それで興味を持ったのである。

  A さんの文面から察するに、
それは左のようなことだったのではないかとわたしは想像した。

  ――白川氏が、岩波新書『漢字』という本を書いた。
岩波の雑誌『文学』が、東京大学の教授で漢字に関する著書も多い
藤堂氏に書評を依頼した。藤堂氏は、やんわりとながら、これは中国語学の
基本を心得ぬ者の書いた本だ、と批評した。白川氏がこれを見ておこって、
同誌に反論を書いた。藤堂氏はもう相手にしなかった。
したがって「論争」は、各一回きりで終ってしまった。
それが局外者の目には、藤堂氏が論駁されて黙ってしまったように見えた。・・・


============================================== =


>両雄倶には立たず――白川静と藤堂明保の「論争」<


上記は、編集者が勝手につけたタイトルであり、
高島俊男先生は、決して「両雄」などとは認めておられません。


つづく

6154
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)