「ダム建設 八田興一記念公園完成」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/21 21:17 投稿番号: [363 / 735]
ブログ「中韓を知りすぎた男」より
台湾慕情 2011年5月11日(水)
「ダム建設 八田興一記念公園完成」という小さな新聞記事が目に
止まりました。台湾に世界有数の鳥山頭ダムを建設した
八田與一氏の功績を知っている日本人はほとんどいません。
日本の歴史教科書には出てこないが、
台湾では歴史教科書に載せられています。
八田與一氏が設計した烏山頭ダムは当時アジア最大のダムで、水路の
長さは万里の長城の6倍以上になり、干ばつに苦しむ台湾南部を一大
穀倉地帯にし、お陰で台湾での米生産量は4倍以上になりました。
八田與一をたたえる記念公園の完成式典が8日、台南市で盛大に開催され、
馬英九総統が出席して「台湾が日本に割譲されたのは歴史の悲劇だが、
日本が台湾を統治した50年に重要なインフラ建設があり、貢献は無視できない」
「八田氏をたたえることは植民地支配を美化すると批判があるが
恩讐を分ける態度が必要だ」と述べ、そして最後に
「私は日本の最良の友人」と言い切りました。
日本人の馬英九氏に対する認識は「親中反日反台」です。
なんせ馬英九氏は尖閣諸島問題で「領有権を守るために、日本と一戦も辞さない」
と発言し、日本による植民地統治にも厳しい評価を下しています。
ところが馬英九氏は、時折従来の強硬な姿勢を軟化させつつあるような
発言をしますが、私はあまり信用していません。
馬英九氏の祖籍は中国湖南省であり、香港の九龍で生まれています。
中山奨学金の給付生としてハーバード大学博士課程を修了、
在学中は留学生を監視し、民主化運動について国民党に報告する
スパイ活動に従事していたと言われています。
帰台した馬英九氏はエリート階段を駆け上がり2008年
ついに中華国民総統に就任しました。
戦後台湾は中国本土から逃げてきた蒋介石のものになり、
日本が50年にわたって営々と築きあげてきた膨大な資産は全て
蒋介石が率いる中国国民党のものになった。
当時台湾は日本人の統治ですでに近代国家になっていました。
そこえ中国から国民党軍がやってきたのです。
やって来たみすぼらしい中華民族を見て台湾人は絶句しました。
文字の読み書きも出来ず、電気も水道も知らなかった。
どこへでもゴミを捨て,法の意識が全くなく、略奪も詐欺も殺人も
当然とばかり行う、治安も衛生事情も極端に悪化、国民党は自分たちを
「外省人」と呼び元々の台湾人を本省人と呼んで差別し、
日本語を禁止して北京語を公用語としました。
そしてついに台湾人の不満が爆発、2.28事件が勃発、大陸からやって
きた国民党軍はアメリカの援助でもらった機関銃を台湾人に向け
無差別に乱射、特に知識人の根絶を狙った計画的虐殺でもありました。
その後国民党は台湾人を中華民族化するための洗脳教育を徹底的に
進めた。大陸から来た為政者たちが、自分たちのみすぼらしい歴史を
知られるのを恐れて、日本統治時代を否定する教育で台湾の子供たち
を洗脳しました。
ところが日本で教育を受けた李登輝氏が88年台湾人として始めて総統
になり「教科書改革」に懸命に取り組みました。つまり捏造された
教科書をすて台湾の真実の歴史を子供たちに教えたのです。
当然そこには日本統治時代の後藤新平や新渡戸稲造,八田與一等の
功績を正しく評価する内容が載っています。
そして90年以降の真実の教科書で育った台湾人は親日派になっていった
のです。馬英九氏は捏造された教科書で育ち真実の歴史を知らなかった。
ところが李登輝氏の影響を受け徐々に現在の台湾の近代化は日本統治
の恩恵だという真実を知ったのではないかとおもわれます。
だから日本による植民地統治に厳しい評価を下していた馬英九氏が
八田與一氏の偉大な功績を知ることによって台湾の恩人として認め
記念公園を作ったのだと考えられます。
この続きは次回にて
つづく
台湾慕情 2011年5月11日(水)
「ダム建設 八田興一記念公園完成」という小さな新聞記事が目に
止まりました。台湾に世界有数の鳥山頭ダムを建設した
八田與一氏の功績を知っている日本人はほとんどいません。
日本の歴史教科書には出てこないが、
台湾では歴史教科書に載せられています。
八田與一氏が設計した烏山頭ダムは当時アジア最大のダムで、水路の
長さは万里の長城の6倍以上になり、干ばつに苦しむ台湾南部を一大
穀倉地帯にし、お陰で台湾での米生産量は4倍以上になりました。
八田與一をたたえる記念公園の完成式典が8日、台南市で盛大に開催され、
馬英九総統が出席して「台湾が日本に割譲されたのは歴史の悲劇だが、
日本が台湾を統治した50年に重要なインフラ建設があり、貢献は無視できない」
「八田氏をたたえることは植民地支配を美化すると批判があるが
恩讐を分ける態度が必要だ」と述べ、そして最後に
「私は日本の最良の友人」と言い切りました。
日本人の馬英九氏に対する認識は「親中反日反台」です。
なんせ馬英九氏は尖閣諸島問題で「領有権を守るために、日本と一戦も辞さない」
と発言し、日本による植民地統治にも厳しい評価を下しています。
ところが馬英九氏は、時折従来の強硬な姿勢を軟化させつつあるような
発言をしますが、私はあまり信用していません。
馬英九氏の祖籍は中国湖南省であり、香港の九龍で生まれています。
中山奨学金の給付生としてハーバード大学博士課程を修了、
在学中は留学生を監視し、民主化運動について国民党に報告する
スパイ活動に従事していたと言われています。
帰台した馬英九氏はエリート階段を駆け上がり2008年
ついに中華国民総統に就任しました。
戦後台湾は中国本土から逃げてきた蒋介石のものになり、
日本が50年にわたって営々と築きあげてきた膨大な資産は全て
蒋介石が率いる中国国民党のものになった。
当時台湾は日本人の統治ですでに近代国家になっていました。
そこえ中国から国民党軍がやってきたのです。
やって来たみすぼらしい中華民族を見て台湾人は絶句しました。
文字の読み書きも出来ず、電気も水道も知らなかった。
どこへでもゴミを捨て,法の意識が全くなく、略奪も詐欺も殺人も
当然とばかり行う、治安も衛生事情も極端に悪化、国民党は自分たちを
「外省人」と呼び元々の台湾人を本省人と呼んで差別し、
日本語を禁止して北京語を公用語としました。
そしてついに台湾人の不満が爆発、2.28事件が勃発、大陸からやって
きた国民党軍はアメリカの援助でもらった機関銃を台湾人に向け
無差別に乱射、特に知識人の根絶を狙った計画的虐殺でもありました。
その後国民党は台湾人を中華民族化するための洗脳教育を徹底的に
進めた。大陸から来た為政者たちが、自分たちのみすぼらしい歴史を
知られるのを恐れて、日本統治時代を否定する教育で台湾の子供たち
を洗脳しました。
ところが日本で教育を受けた李登輝氏が88年台湾人として始めて総統
になり「教科書改革」に懸命に取り組みました。つまり捏造された
教科書をすて台湾の真実の歴史を子供たちに教えたのです。
当然そこには日本統治時代の後藤新平や新渡戸稲造,八田與一等の
功績を正しく評価する内容が載っています。
そして90年以降の真実の教科書で育った台湾人は親日派になっていった
のです。馬英九氏は捏造された教科書で育ち真実の歴史を知らなかった。
ところが李登輝氏の影響を受け徐々に現在の台湾の近代化は日本統治
の恩恵だという真実を知ったのではないかとおもわれます。
だから日本による植民地統治に厳しい評価を下していた馬英九氏が
八田與一氏の偉大な功績を知ることによって台湾の恩人として認め
記念公園を作ったのだと考えられます。
この続きは次回にて
つづく
これは メッセージ 70 (ajisai110701 さん)への返信です.
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