Re: 佛説阿彌陀經
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/15 16:16 投稿番号: [326 / 735]
舎利弗、如我今者称讃諸佛不可思議功紱、彼諸佛等、亦稱説我不可思議功紱、
而作是言、釈迦牟尼佛、能爲甚難希有之事。能於娑婆國土、五濁悪世劫濁、
見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁中、得阿耨多羅三藐三菩提、爲諸衆生、
説是一切世間難信之法。舎利弗、當知。我於五濁悪世、行此難事、
得阿耨多羅三藐三菩提、爲一切世間、説之難信之法。是爲甚難。
舎利弗よ、
我れ今、諸佛の不可思議の功紱を称讃する如く、彼の諸佛らも、
亦た我が不可思議の功紱を稱説して、是の言を作(な)す、釈迦牟尼佛は、
能(よ)く甚難、希有の事を爲したまえり。能く娑婆國土の、五濁(ごじょく)の
悪世たる劫濁(こうじょく)、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁(みょうじょく)
中に於いて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、諸々(もろもろ)の衆生の爲に、
是の一切の世間に難信の法を説きたまえり。舎利弗よ、當に知るべし。
我れ五濁の悪世に於いて、此の難事を行じ、阿耨多羅三藐三菩提を得て、
一切の世間の爲に、此の難信の法を説けり。是れ甚だ難(かた)きことと爲す。
舎利弗よ、
わたしが今こうして、諸佛が不可思議だという阿弥陀の功紱を褒め称える
のと同じように、他の諸佛らも、またわたし(釈迦)の不可思議の功紱を
褒め称えていて、このように言っている。
釈迦牟尼佛は、甚だ困難なこと、めったにあり得ないことでもやってのける。
この我々の普通に生きている世界の、
五つの汚れた極めて良くない時代というものがある。
それを分類すると、
劫濁(こうじょく)、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁(みょうじょく)が
満ち満ちているこんな世の中に於いて、仏となる悟りを得て、
あらゆる衆生のために、このすべての世の中に信じ難い仏の法を説かれた。
舎利弗よ、
よく知っておけ。
わたし(釈迦)はこの五つの汚れに満ち満ちた悪い世の中でありながら、
このたいへん困難な事業をやりとげ、立派に仏となる智恵を身につけて、
あらゆる世界の人々のために、信ずることさえ難しいこの阿弥陀経という
法を説いたのである。これくらい困難なことはないのである。
佛説此經已、舎利弗、及諸比丘、一切世間、天人阿脩羅等、聞佛所-説、
歓喜信受、作礼而去。佛説阿彌陀經。
佛、此の經を説き已(おわ)るや、舎利弗及び諸々の比丘(びく)、
一切の世間の天・人・阿脩羅等は、佛の説く所を聞き、歓喜、信受して、
礼を作(な)して去りぬ。佛説阿彌陀經。
仏がこの阿弥陀経について説きおわると、舎利弗及び諸々(もろもろ)の
仏教修行者、ありとあらゆる子の世の中の天上世界の人も人間も阿脩羅
というような人たちまで皆、佛の説かれたことを聞いて、歓喜し信受して、
深々とお釈迦さまにお辞儀をして去って行った。
以上が佛の説きたまいし阿彌陀經である。
――了――
2131
而作是言、釈迦牟尼佛、能爲甚難希有之事。能於娑婆國土、五濁悪世劫濁、
見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁中、得阿耨多羅三藐三菩提、爲諸衆生、
説是一切世間難信之法。舎利弗、當知。我於五濁悪世、行此難事、
得阿耨多羅三藐三菩提、爲一切世間、説之難信之法。是爲甚難。
舎利弗よ、
我れ今、諸佛の不可思議の功紱を称讃する如く、彼の諸佛らも、
亦た我が不可思議の功紱を稱説して、是の言を作(な)す、釈迦牟尼佛は、
能(よ)く甚難、希有の事を爲したまえり。能く娑婆國土の、五濁(ごじょく)の
悪世たる劫濁(こうじょく)、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁(みょうじょく)
中に於いて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、諸々(もろもろ)の衆生の爲に、
是の一切の世間に難信の法を説きたまえり。舎利弗よ、當に知るべし。
我れ五濁の悪世に於いて、此の難事を行じ、阿耨多羅三藐三菩提を得て、
一切の世間の爲に、此の難信の法を説けり。是れ甚だ難(かた)きことと爲す。
舎利弗よ、
わたしが今こうして、諸佛が不可思議だという阿弥陀の功紱を褒め称える
のと同じように、他の諸佛らも、またわたし(釈迦)の不可思議の功紱を
褒め称えていて、このように言っている。
釈迦牟尼佛は、甚だ困難なこと、めったにあり得ないことでもやってのける。
この我々の普通に生きている世界の、
五つの汚れた極めて良くない時代というものがある。
それを分類すると、
劫濁(こうじょく)、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁(みょうじょく)が
満ち満ちているこんな世の中に於いて、仏となる悟りを得て、
あらゆる衆生のために、このすべての世の中に信じ難い仏の法を説かれた。
舎利弗よ、
よく知っておけ。
わたし(釈迦)はこの五つの汚れに満ち満ちた悪い世の中でありながら、
このたいへん困難な事業をやりとげ、立派に仏となる智恵を身につけて、
あらゆる世界の人々のために、信ずることさえ難しいこの阿弥陀経という
法を説いたのである。これくらい困難なことはないのである。
佛説此經已、舎利弗、及諸比丘、一切世間、天人阿脩羅等、聞佛所-説、
歓喜信受、作礼而去。佛説阿彌陀經。
佛、此の經を説き已(おわ)るや、舎利弗及び諸々の比丘(びく)、
一切の世間の天・人・阿脩羅等は、佛の説く所を聞き、歓喜、信受して、
礼を作(な)して去りぬ。佛説阿彌陀經。
仏がこの阿弥陀経について説きおわると、舎利弗及び諸々(もろもろ)の
仏教修行者、ありとあらゆる子の世の中の天上世界の人も人間も阿脩羅
というような人たちまで皆、佛の説かれたことを聞いて、歓喜し信受して、
深々とお釈迦さまにお辞儀をして去って行った。
以上が佛の説きたまいし阿彌陀經である。
――了――
2131
これは メッセージ 325 (ajisai110701 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bbgmdb2vdbffcbeh_1/326.html