Re: 佛説阿彌陀經
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/15 16:12 投稿番号: [325 / 735]
★ここに、南無阿弥陀仏と唱えると救ってもらえるという
信仰の大本があります。
阿弥陀経の中に阿弥陀さまの御名を唱えよ、阿弥陀経を大事にしなさい、
それだけで阿弥陀さまと同じように諸々の仏さまからたいせつにされる
存在となる。そして仏の悟りの世界に入って再び後戻りのないところに
行けるのだ、と説いています。
舎利弗、於汝意云何。何故名爲一切諸佛所護念經。
舎利弗、若有善男子善女人、聞是諸佛所説名及經名者、是諸善男子善女人、
皆爲一切諸佛共所護念、皆得不退転於阿耨多羅三藐三菩提。
是故、舎利弗、汝等皆當信受我語及諸佛所説。
舎利弗、若有人、已發願、今發願、當發願、欲生阿彌陀佛國者、是諸人等、
皆得不退転於阿耨多羅三藐三菩提、於彼國土、若已生、若今生、若當生、
是故、舎利弗、諸善男子善女人、若有信者、應當發願生彼國土。
舎利弗よ、
汝の意(こころ)に於いて云何(いか)に。
何が故に名づけて、一切の諸佛に護念せらるる所の經と爲すや。
舎利弗よ、若(も)し善男子善女人有りて、是の諸佛の説く所の名及び經の
名を聞かば、是の諸々(もろもろ)の善男子善女人は、皆、一切の諸佛と共に
護念する所と爲り、皆、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)
より退転せざることを得んが爲なり。
是の故に、舎利弗よ、汝等皆、當(まさ)に我が語及び諸佛の説く所を信受すべし。
舎利弗よ、
若し人有りて、已に發願し、今發願し、當に發願し、阿彌陀佛の國に
生まれんと欲せば、是の諸々の人等、皆、阿耨多羅三藐三菩提
(あのくたらさんみゃくさんぼだい)より退転せざることを得て、
彼の國土に於いて、若しくは已に生まれ、若しくは今生まれ、
若しくは當に生まれん、
是の故に、舎利弗よ、諸々の善男子善女人にして、若し信有らば、
應當(まさ)に彼の國土に生まれんと發願すべし。
舎利弗よ、
おまえの心の中でどう思うか。信ずることができるか。
どうしてこの阿弥陀仏について書いたお経のことを、あらゆる仏さまに
守られ大切にされているお経という言い方をするのか。それがわかるか。
舎利弗よ、
もしも仏教を信ずる男女がいて、この多くの仏さまから語られている
阿弥陀さまというお名まえ及び阿弥陀経という経の名を聞いたならば、
この阿弥陀経を唱えるだけで、すべての善男子善女人は、皆、
すべての仏さまたちから大切にされる存在となるのであり、皆、
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)(仏の悟り)より
入って二度と戻ることはない。
したがって、舎利弗よ、
おまえたちは皆、わたしの語った阿弥陀経及び
他の仏さまたちが説いた阿弥陀経を信じて受けいれよ。
舎利弗よ、
もしも誰かここに人が有ったとして、
もうとっくの昔に阿弥陀さまのところに行きたいと願った人、これから
すぐに發願した人、きっといつか仏のところに行きたいと願い始める
であろう人たちは、阿彌陀佛の國に生まれたいと發願しさえすれば、
これら諸々の人たちは皆、仏の悟りの世界からもう後戻りすることは
なくなって、阿弥陀の極楽において、過去に願った人は已に往生し、
もしくはこれからすぐ願おうと思っている人は、これからすぐ極楽に
往生し、やがていつか願うだろうという人は、やがていつか往生するであろう。
だから舎利弗よ、
わたしの話を喜んで聞いている信仰のある人々は男も女も、
もしも信ずる心が有るのならば、まさに阿弥陀さまの國に
生まれかわりたいと願を起こすべきである。
★「已」「今」「當」という言葉で、「過去」「現在」「未来」が語られています。
けれども厳密に言えば、「今」という時はないのです。
「今」であった瞬間、「今」は「過去」になっています。
つづく
2130
信仰の大本があります。
阿弥陀経の中に阿弥陀さまの御名を唱えよ、阿弥陀経を大事にしなさい、
それだけで阿弥陀さまと同じように諸々の仏さまからたいせつにされる
存在となる。そして仏の悟りの世界に入って再び後戻りのないところに
行けるのだ、と説いています。
舎利弗、於汝意云何。何故名爲一切諸佛所護念經。
舎利弗、若有善男子善女人、聞是諸佛所説名及經名者、是諸善男子善女人、
皆爲一切諸佛共所護念、皆得不退転於阿耨多羅三藐三菩提。
是故、舎利弗、汝等皆當信受我語及諸佛所説。
舎利弗、若有人、已發願、今發願、當發願、欲生阿彌陀佛國者、是諸人等、
皆得不退転於阿耨多羅三藐三菩提、於彼國土、若已生、若今生、若當生、
是故、舎利弗、諸善男子善女人、若有信者、應當發願生彼國土。
舎利弗よ、
汝の意(こころ)に於いて云何(いか)に。
何が故に名づけて、一切の諸佛に護念せらるる所の經と爲すや。
舎利弗よ、若(も)し善男子善女人有りて、是の諸佛の説く所の名及び經の
名を聞かば、是の諸々(もろもろ)の善男子善女人は、皆、一切の諸佛と共に
護念する所と爲り、皆、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)
より退転せざることを得んが爲なり。
是の故に、舎利弗よ、汝等皆、當(まさ)に我が語及び諸佛の説く所を信受すべし。
舎利弗よ、
若し人有りて、已に發願し、今發願し、當に發願し、阿彌陀佛の國に
生まれんと欲せば、是の諸々の人等、皆、阿耨多羅三藐三菩提
(あのくたらさんみゃくさんぼだい)より退転せざることを得て、
彼の國土に於いて、若しくは已に生まれ、若しくは今生まれ、
若しくは當に生まれん、
是の故に、舎利弗よ、諸々の善男子善女人にして、若し信有らば、
應當(まさ)に彼の國土に生まれんと發願すべし。
舎利弗よ、
おまえの心の中でどう思うか。信ずることができるか。
どうしてこの阿弥陀仏について書いたお経のことを、あらゆる仏さまに
守られ大切にされているお経という言い方をするのか。それがわかるか。
舎利弗よ、
もしも仏教を信ずる男女がいて、この多くの仏さまから語られている
阿弥陀さまというお名まえ及び阿弥陀経という経の名を聞いたならば、
この阿弥陀経を唱えるだけで、すべての善男子善女人は、皆、
すべての仏さまたちから大切にされる存在となるのであり、皆、
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)(仏の悟り)より
入って二度と戻ることはない。
したがって、舎利弗よ、
おまえたちは皆、わたしの語った阿弥陀経及び
他の仏さまたちが説いた阿弥陀経を信じて受けいれよ。
舎利弗よ、
もしも誰かここに人が有ったとして、
もうとっくの昔に阿弥陀さまのところに行きたいと願った人、これから
すぐに發願した人、きっといつか仏のところに行きたいと願い始める
であろう人たちは、阿彌陀佛の國に生まれたいと發願しさえすれば、
これら諸々の人たちは皆、仏の悟りの世界からもう後戻りすることは
なくなって、阿弥陀の極楽において、過去に願った人は已に往生し、
もしくはこれからすぐ願おうと思っている人は、これからすぐ極楽に
往生し、やがていつか願うだろうという人は、やがていつか往生するであろう。
だから舎利弗よ、
わたしの話を喜んで聞いている信仰のある人々は男も女も、
もしも信ずる心が有るのならば、まさに阿弥陀さまの國に
生まれかわりたいと願を起こすべきである。
★「已」「今」「當」という言葉で、「過去」「現在」「未来」が語られています。
けれども厳密に言えば、「今」という時はないのです。
「今」であった瞬間、「今」は「過去」になっています。
つづく
2130
これは メッセージ 324 (ajisai110701 さん)への返信です.
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