紫陽花亭日乗

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讀秦紀     陳恭尹

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/15 00:28 投稿番号: [310 / 735]
讀秦紀             陳恭尹(清・1631〜1700)

謗声易弭怨難除       謗声   弭(や)ましむるは易く   怨み除くは難し
秦法雖厳亦甚疎       秦法   厳なりと雖も亦甚だ疎なり
夜半橋辺呼孺子       夜半の橋辺   孺子を呼ぶ
人間猶有未焼書       人間(じんかん)   猶お未だ焼かざる書有り


批判の声を圧殺することはできても恨みをなくすことはできぬ
秦の暴政もそこまでは力及ばない
夜中、橋のほとりで、老人は張良に「孺子」と呼びかけて
『太公望兵法』を授けた
いかに厳しくとりしまろうとも、世の中に焼かれぬ書物は残っているのだ


★「秦始皇本紀」を読んだ感想の形を借りて、
清朝の支配に屈せぬ心意気をうたった詩


★張良
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E8%89%AF

下&#37043;時代の逸話 [編集]
ある日、張良が橋の袂を通りかかると、汚い服を着た老人が自分の靴を
橋の下に放り投げ、張良に向かって「小僧、取って来い」と言いつけた。

張良は頭に来て殴りつけようかと思ったが、相手が老人なので我慢して
靴を取って来た。すると老人は足を突き出して「履かせろ」と言う。張良は
「この爺さんに最後まで付き合おう」と考え、跪いて老人に靴を履かせた。

老人は笑って去って行ったが、その後で戻ってきて
「お前に教えることがある。5日後の朝にここに来い」と言った。

5日後の朝、日が出てから張良が約束の場所に行くと、既に老人が来ていた。
老人は「目上の人間と約束して遅れてくるとは何事だ」と言い
「また5日後に来い」と言い残して去った。

5日後、張良は日の出の前に家を出たが、既に老人は来ていた。
老人は再び「5日後に来い」と言い残して去って行った。

次の5日後、張良は夜中から約束の場所で待った。
しばらくして老人がやって来た。
老人は満足気に「おう、わしより先に来たのう。こうでなくてはならん。
その謙虚さこそが大切なのだ」と言い、張良に太公望の兵法書を渡して
「これを読めば王者の師となれる。
13年後にお前は山の麓で黄色い石を見るだろう。それがわしである」
と言い残して消え去ったという。

後年、張良はこの予言通り黄石に出会い、これを持ち帰って家宝とし、
張良の死後には一緒に墓に入れられたという。

この「黄石公」との話は伝説であろうが、張良が誰か師匠に就いて兵法を
学んだということは考えられる。
また、太公望の兵法書というものを『六韜』だと考える向きもあるが、
現存する『六韜』の成立年代は魏晋代と考えられているので、少なくとも
張良が読んだ書物は、現存する『六韜』ではないと見られる。


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