紫陽花亭日乗

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Re: 刺客列傳 第五話 「荊軻」 承の段 

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/10 00:41 投稿番号: [288 / 735]
★壮士・・・意気さかんな勇士


★「變徴」「羽」・・・中国の音楽の音階。
「變徴」は「ファ」の音、「羽」は「ラ」の音。
「易水の歌」を高い調子でうたって哀切感を盛り上げたということのようです。


★「川の流れ」は戻って来ない。自分も十中八九戻れない。
この場面は不可逆的時間の象徴でもあります。


★この「易水の歌」は楚歌です。楚歌の特徴として
「兮」の字の挿入、メロディーのもの悲しさがあげられます。

なぜ北の燕の国にいる荊軻が南方の楚歌を歌ったのか。
歴史的な事実として荊軻が歌ったのではなく、物語を形成していく過程で
肝心なところで歌を歌わせるということです。

易水の場面は、前半最後のクライマックスの場面です。
物語の形式として決まっているわけではないが、その場にマッチした
哀切を極めた歌であれば、楚歌であっていっこうにかまわないのです。

この「哀切」は荊軻の暗殺失敗が前提になっており、
物語を支える要素になっています。すなわち、
ここは歴史的事実ではなく、講談であるとみなす根拠になります。

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宮崎市定『史記を語る』

★ところで、そんなら司馬遷の書いた荊軻伝は悉く確実な拠り所があって、
総てを実録と信じてよいか、という段になると話は違う。

私はやはり全体が一種の語り物、それも身ぶり、手ぶりを雜(まじ)えた
演出の筋書に外ならぬと考える。

易水の別離において、太子以下が白装束であっては、
匿そうとしても大いに目立つではないか。
そこらに秦のスパイがうろうろしているに違いないから、
すぐに情報が飛んで大事を誤るのは必定である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★たとえば、こういう場面から、『史記』は語られた文章の再構成では
ないか、という可能性が出てくるわけです。

このことは後半のクライマックス、
秦王暗殺の場面の臨場感、リズムなどからも推察されます。

「説書・せっしょ」という講談語りの存在は宋代には確認されていますが、
もっと遡って漢代にもいたかもしれない、司馬遷が『史記』を書くに
あたって材料とした素材の中に説書があった可能性もうかがえます。


つづく

745, 746
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