紫陽花亭日乗

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刺客列傳 第五話 「荊軻」 承の段 5 

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/08 00:53 投稿番号: [281 / 735]
荊軻知太子不忍、乃遂私見樊於期曰。秦之遇將軍、可謂深矣。
父母宗族、皆爲戮没。今聞購將軍首金千斤、邑萬家。將奈何。
於期仰天太息流涕曰。於毎念之、常痛於骨髄。顧計不知所出耳。
荊軻曰。今有一言可以解燕國之患、報將軍之仇者。何如。
於期乃前曰。爲之奈何。荊軻曰。願得將軍之首以獻秦王。秦王必喜而見臣。
臣左手把其袖、右手①其匈。然則將軍之仇報、而燕見陵之愧除矣。將軍豈有意乎。
樊於期偏袒②③而進曰。此臣之日夜切歯腐心也。乃今得聞繁。遂自剄。

①「テヘン」+「甚」    つきさす    チン
②「テヘン」+「﨟」    ヤク
③「テヘン」+「宛」    ワン


荊軻、太子の忍びざるを知るや、
乃ち遂に私(ひそか)に樊於期に見(まみ)えて曰く、
「秦の將軍を遇するは深しと謂うべし。
父母宗族、皆戮没(りくぼつ)せらる。
今聞く、將軍の首を金千斤、邑萬家に購(あがな)うと。
將(まさ)に奈何(いかん)せん」
於期、天を仰ぎて太息し、流涕して曰く、
「これを念(おも)ふ毎に、常に骨髄に痛む。ただ計の出ずる所を知らざるのみ」
荊軻曰く、
「今、一言にして以て燕國の患いを解き、將軍の仇を報いんとすべき者
有らば、何如(いかん)」と。
於期、すなわち前(すす)みて曰く、
「これをなすは奈何(いかん)」と。
荊軻曰く、
「願はくば將軍の首を得て以て秦王に獻ぜん。秦王必ず喜びて臣を見ん。
臣、左手に其の袖を把(つか)み、右手に其の匈(むね)を①(つきさ)さん。
然(しか)せば則ち將軍の仇報いられて、燕、陵(しのが)るるの愧(はじ)
除かん。將軍、豈に意有りや」と。
樊於期、偏袒(へんだん)②③(やくわん)して進みて曰く、
「此れ臣の日夜切歯腐心するところなり。乃ち今繁を聞くを得たり」
遂にみずから剄(くびはね)る。


★いくつか、字が代えてあります。


荊軻は、太子の、樊於期を殺すに忍びない心の内を知ると、
そこでひそかに樊於期に会いに行ってこう言った。

「秦の將軍に対する処遇は、あまりにも酷薄に過ぎます。
ご両親・ご一族の方々は皆罪に落とされ殺戮されました。
今わたしが耳にしたところでは、秦は將軍の首に、金千斤、一万戸の
土地の報奨をかけている、と。さて、なんとなされます」

樊於期は天を仰いで大きく息をつき、涙を流してこう答えた。

「わたしは、このことを深く思い、その度にいつも骨髄にも達する痛みを
感じます。しかしながら自分でもどうしたらいいのかわからないのです」

樊於期の言を受けて、荊軻は言った。

「今、一言で言える、燕国の憂いを解き放ち、將軍の仇を報ずる策略が
有るとするならば、どうなさいますか」と。

すると樊於期は、前に進み出て言った。

「いったい、どのような策なのでしょうか」と。

荊軻が答える。

「將軍の首を手に入れてそれを秦王に献上したいと思うのです。
さすれば秦王は必ず喜んでわたしと会見するでしょう。
わたしは、左手に秦王の袖をつかみ、右手で秦王の其の胸を突き刺すのです。
そうすれば、將軍の仇に報いることができ、燕が秦より受けた陵辱も
除かれるでしょう。將軍、同意するお気持ちはありますか」と。

樊於期はかたはだを脱ぎ、あらわになった腕をさすり、前に出てこう言った。

「この策こそ、わたしが日夜、歯を食いしばり、胸をかきむしる思いで
いたものです。ちょうど今そのご教示を聞くことができました」

そして、そこで、みずから自分の首を刎ねた。


つづく

729, 730
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