Re: 【孫文の志 未だ成らず】辛亥革命100
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/06 00:48 投稿番号: [268 / 735]
だが計画は日本側の事情で失敗する。
山県有朋から内閣を引き継いだ伊藤博文は欧米列強との協調姿勢で
中国への内政不干渉を徹底。武器供与の約束が反古(ほご)になったのだ。
海豊での挙兵準備中だった山田は責任を感じ、恵州に赴いて革命軍に
解散を伝達するが、清国軍の追撃を受けて10月下旬、
身分を隠したまま処刑されたという。
その11年後に辛亥革命に成功した孫文は12年、東京・谷中に、
また19年には弘前の山田家の菩提(ぼだい)寺に石碑を建立。
18年には部下に恵州で山田の遺骨を捜索させたが発見できず、
同地の土を遺族に贈っている。
谷中・全生庵の碑文で孫文は「君、身を挺して義に赴き遂に戦死す」
「興亜の先覚たり…その志は朽ちず」と山田を悼み、夫人らには
「中国革命のため、外国人として最初の犠牲者となってくださったことに、
全中国国民を代表して感謝申し上げます」と頭を下げた。
台北市にある「国民革命忠烈祠」の一隅。
山田の位牌(いはい)前に展示された彼の遺影や孫文の碑文に
気づく人は少なく、劉博士すら「知りませんでした」という。
◇
その辛亥革命から100年。台湾当局の「民国百年」記念事業の一つが
特別展「孫文と米国」だった。7月4日から30日まで国父紀念館で
催されたのだが、開幕日にはわざわざ米国独立記念日が選ばれた。
馬英九総統は開幕式典で、国父、孫文を米国の初代大統領になぞらえた。
「“中国のワシントン”を記念する展覧会に、米国が協力することは
大変重要な意義があります」
会場にはもちろん、同展を共催する米国在台協会台北事務所
(大使館に相当)のウィリアム・スタントン所長の姿があった。
「孫文の建国理念の一部は米国から影響を受けたものなのです」。
米国留学経験もある馬総統は、米国との関係が深く、
ことさらに台米の歴史的な縁を強調してみせた。
同展では、革命前夜、清朝政府に追われていた孫文が米国籍を
取得していたことを証明する米公文書が、初めて一般公開された。
また、孫文の軍事顧問だった米国人、ホーマー・リー氏の史料も展示された。
式典後、それらを熱心に見て回る馬総統を台湾メディアのカメラ多数が
追いかける。人影まばらな「梅屋敷」とはいかにも対照的だ。
台湾が今、孫文と米国の関係をアピールする背景には、
政治的思惑も見え隠れする。
中国との関係改善を進めつつも、その軍事的台頭を警戒する台湾は現在、
F16C/D型戦闘機などの武器売却を米国に要求、
逆に中国は売却しないよう米側に働きかけているのだ。
特別展を「孫文」を軸にした外交の舞台とみるならば、台湾を取り巻く
国際政治環境を示すバロメーター、それが「孫文」といえる。
台湾において今後、どんな「国父」像が示されていくのか。
「興亜の先覚」山田良政が再び脚光を浴びる時代がやってきたとき、
日台米中の関係はどう変化しているのだろう。(台北 吉村剛史)
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山県有朋から内閣を引き継いだ伊藤博文は欧米列強との協調姿勢で
中国への内政不干渉を徹底。武器供与の約束が反古(ほご)になったのだ。
海豊での挙兵準備中だった山田は責任を感じ、恵州に赴いて革命軍に
解散を伝達するが、清国軍の追撃を受けて10月下旬、
身分を隠したまま処刑されたという。
その11年後に辛亥革命に成功した孫文は12年、東京・谷中に、
また19年には弘前の山田家の菩提(ぼだい)寺に石碑を建立。
18年には部下に恵州で山田の遺骨を捜索させたが発見できず、
同地の土を遺族に贈っている。
谷中・全生庵の碑文で孫文は「君、身を挺して義に赴き遂に戦死す」
「興亜の先覚たり…その志は朽ちず」と山田を悼み、夫人らには
「中国革命のため、外国人として最初の犠牲者となってくださったことに、
全中国国民を代表して感謝申し上げます」と頭を下げた。
台北市にある「国民革命忠烈祠」の一隅。
山田の位牌(いはい)前に展示された彼の遺影や孫文の碑文に
気づく人は少なく、劉博士すら「知りませんでした」という。
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その辛亥革命から100年。台湾当局の「民国百年」記念事業の一つが
特別展「孫文と米国」だった。7月4日から30日まで国父紀念館で
催されたのだが、開幕日にはわざわざ米国独立記念日が選ばれた。
馬英九総統は開幕式典で、国父、孫文を米国の初代大統領になぞらえた。
「“中国のワシントン”を記念する展覧会に、米国が協力することは
大変重要な意義があります」
会場にはもちろん、同展を共催する米国在台協会台北事務所
(大使館に相当)のウィリアム・スタントン所長の姿があった。
「孫文の建国理念の一部は米国から影響を受けたものなのです」。
米国留学経験もある馬総統は、米国との関係が深く、
ことさらに台米の歴史的な縁を強調してみせた。
同展では、革命前夜、清朝政府に追われていた孫文が米国籍を
取得していたことを証明する米公文書が、初めて一般公開された。
また、孫文の軍事顧問だった米国人、ホーマー・リー氏の史料も展示された。
式典後、それらを熱心に見て回る馬総統を台湾メディアのカメラ多数が
追いかける。人影まばらな「梅屋敷」とはいかにも対照的だ。
台湾が今、孫文と米国の関係をアピールする背景には、
政治的思惑も見え隠れする。
中国との関係改善を進めつつも、その軍事的台頭を警戒する台湾は現在、
F16C/D型戦闘機などの武器売却を米国に要求、
逆に中国は売却しないよう米側に働きかけているのだ。
特別展を「孫文」を軸にした外交の舞台とみるならば、台湾を取り巻く
国際政治環境を示すバロメーター、それが「孫文」といえる。
台湾において今後、どんな「国父」像が示されていくのか。
「興亜の先覚」山田良政が再び脚光を浴びる時代がやってきたとき、
日台米中の関係はどう変化しているのだろう。(台北 吉村剛史)
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これは メッセージ 267 (ajisai110701 さん)への返信です.
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