紫陽花亭日乗

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刺客列傳 第五話 「荊軻」 起の段 9 

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/06 00:02 投稿番号: [261 / 735]
太子曰。願因太傳而得交於田先生。可乎。
鞠武曰。敬諾。出見田先生、道太子願圖國事於先生也。
田光曰。敬奉教。乃造焉。太子逢迎、郤行爲導。跪而蔽席。田光坐定。左右無人。
太子避席而請曰。燕・秦不兩立。願先生留意也。
田光曰。臣聞麒麟盛壯之時、一日而馳千里。至其衰老、駑馬先之。今太子
聞光盛壯之時。不知臣精已消亡矣。雖然光不敢以圖國事。所善荊卿可使也。

★「留」の原文の字は本字です。UP されないので換えてあります。


太子曰く、願はくは太傳に因(よ)りて田先生に交わるを得ん。可ならんか。
鞠武曰く、敬(つつし)んで諾す。
出でて田先生を見、太子國事を先生に圖るを願ふと道(い)ふ。
田光曰く、敬(つつし)んで教えを奉ず。乃ち造(いた)る。
太子逢迎し、郤行(きゃくこう)して導きを爲す。跪きて席を蔽(はら)う。
田光坐を定む。左右に人無し。太子席を避けて請ふて曰く、
燕・秦兩立せず。願はくは先生、意を留(とど)めよ、と。
田光曰く、臣聞く、麒驥盛壯の時は一日千里を馳すれども、其の衰えて
老に至れば、駑馬(どば)すらこれに先だつ。
今、太子、光の盛壯の時を聞きて、臣の精の已に消亡したるを知らず。
然らば光、敢えて以て國事を圖(はか)らずと雖(いえど)も、
善くする所の荊卿使うべきなり。


太子は言った。
「できれば太傳を通じて田先生と交際をしたいと思うのだが。よろしいか」

鞠武が答えた。「たしかに承知いたしました」

それから鞠武は太史丹の所を退出し田先生に会いに行き、
「太子は国事を先生とご相談したいと願っております」と伝えた。
田光は、「つつしんでご命令に従います」と答えた。

それから太子丹のもとへやって来た。
太子は出迎え、あとずさりして案内をした。
膝まづいて田光の席をはらった。田光が着席した。そこには他に誰もいなかった。
太子はへりくだって席を避け、田光先生に頼んだ。
「燕と秦はともに並び立つことはできません。どうか先生、ご留意ください」と。

田光が言った。

「わたくしはこのように聞いています。
駿馬も若く盛んな時は一日千里をも駆けますが、
老いて衰えれば駄馬でさえ駿馬より速く走ります。
今、太子はわたくしの盛壯のころの話をお聞きになられて、
わたくしの精気がすでに消滅しているのをご存知ないのです。
ということでありますので、わたくし自身は敢えて国事についてご相談に
あずかることはいたしませんが、わたくしと親しくしている
荊卿という者がふさわしいでしょう」


★「敬奉教」「敬(つつし)んで教えを奉ず」の「教」
「おしえ」ではなく、君主や部局の長官が発する指令・指示・命令。
現在でも「大統領の一般教書」といいます。

★郤行(きゃくこう)=却行
あとずさりすることですが、
お客にお尻を向けないという非常に丁寧な作法です。
太子ともあろう貴人が、一市井の老人にこのような禮をとっています。

★坐定・・・着席する
このころはまだ床に坐る生活です。
椅子・テーブルの生活の始まりは魏・晉のころから。

★このあたりは完全にフィクションですね。
他に誰もいないのに、誰が密談の様子を見たのか、
ということになります。


つづく

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