芙蓉楼送辛漸 王昌齢
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/31 20:00 投稿番号: [226 / 735]
海江田経産相 “号泣”進退答弁
7月29日 17時43分 犬あっちいけニュース
海江田経済産業大臣は、29日の衆議院・経済産業委員会で、みずからの
進退について「いつ責任を取るかは自分で決める」という考えを改めて
強調しましたが、感極まった様子で、声を詰まらせながら答弁する場面も
ありました。
29日に開かれた衆議院経済産業委員会で、自民党の赤澤亮正議員は、
海江田経済産業大臣の出処進退について「政治家にかぎらず、自分の出処
進退を口にしたら、辞めなければ価値を落とすことになる」などと質問しました。
これに対し、海江田大臣は
「いつ責任を取るかは、自分で決めさせていただきたい」と述べました。
このやり取りの中では、海江田大臣が
「私は自分の価値はどうでもいいですよ」
と感極まった様子で、声を詰まらせながら答弁する場面もありました。
海江田大臣は、今月7日の参議院予算委員会で、九州電力玄海原子力発電所
の運転再開を巡り地元自治体が混乱していることについて、
「いずれ時期がきたら、責任を取りたい」と述べていました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110729/t10014555431000.html
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110730/stt11073011470000-n1.htm
> 「一片の氷心玉壺(ひょうしんぎょっこ)にあり」
海江田氏は最近、澄み切った心境を表した漢詩を周囲に紹介している。
気持ちの整理はついたのか…。<
http://ameblo.jp/heartsupple2011/entry-10969236290.html
★「一片氷心」
日本の政治家の好む一句です。
嘗て、谷垣自民党総裁も色紙に「一片氷心」と書いておられました。
*********************
芙蓉楼送辛漸 王昌齢(唐・698〜755)
寒雨連江夜入呉 寒雨 江に連なりて 夜 呉に入る
平明送客楚山孤 平明 客(かく)を送れば 楚山 孤なり
洛陽親友如相問 洛陽の親友 如(もし)相問はば
一片氷心在玉壷 一片の氷心 玉壷(ぎょくこ)に在りと
(くもり無き心は今も変わらぬと伝えておくれ)
寒々とした氷雨が長江に降り注ぐなかをわたしたちは夜になってこの呉の国に入ってきた
明け方、君を見送り、振り仰ぐと、平らな楚の山がぽつんと見える
君が洛陽につき、洛陽の 親友に「わたしはどうしている」とたずねられたなら
「王昌齢は玉の壷の中の氷のような心境であるよ」と、こう答えてくれたまえ
★王昌齢は李白と並び称される七言絶句の名手です。
江寧の役人だったことから、王江寧とも呼ばれています。
★「芙蓉楼」とは、唐代の江蘇省鎮江(潤州)にあった旅籠。(長江の船旅の宿場)
★冷たい晩秋の雨あがり、靄のはれゆくなかにぼつんと見える山は、
友を見送る王昌齢の姿そのもの。
当時左遷の身であった王昌齢のやりきれなさと孤独感が
「氷心在玉壷」の名句でいっそうきわだつ。
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7月29日 17時43分 犬あっちいけニュース
海江田経済産業大臣は、29日の衆議院・経済産業委員会で、みずからの
進退について「いつ責任を取るかは自分で決める」という考えを改めて
強調しましたが、感極まった様子で、声を詰まらせながら答弁する場面も
ありました。
29日に開かれた衆議院経済産業委員会で、自民党の赤澤亮正議員は、
海江田経済産業大臣の出処進退について「政治家にかぎらず、自分の出処
進退を口にしたら、辞めなければ価値を落とすことになる」などと質問しました。
これに対し、海江田大臣は
「いつ責任を取るかは、自分で決めさせていただきたい」と述べました。
このやり取りの中では、海江田大臣が
「私は自分の価値はどうでもいいですよ」
と感極まった様子で、声を詰まらせながら答弁する場面もありました。
海江田大臣は、今月7日の参議院予算委員会で、九州電力玄海原子力発電所
の運転再開を巡り地元自治体が混乱していることについて、
「いずれ時期がきたら、責任を取りたい」と述べていました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110729/t10014555431000.html
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110730/stt11073011470000-n1.htm
> 「一片の氷心玉壺(ひょうしんぎょっこ)にあり」
海江田氏は最近、澄み切った心境を表した漢詩を周囲に紹介している。
気持ちの整理はついたのか…。<
http://ameblo.jp/heartsupple2011/entry-10969236290.html
★「一片氷心」
日本の政治家の好む一句です。
嘗て、谷垣自民党総裁も色紙に「一片氷心」と書いておられました。
*********************
芙蓉楼送辛漸 王昌齢(唐・698〜755)
寒雨連江夜入呉 寒雨 江に連なりて 夜 呉に入る
平明送客楚山孤 平明 客(かく)を送れば 楚山 孤なり
洛陽親友如相問 洛陽の親友 如(もし)相問はば
一片氷心在玉壷 一片の氷心 玉壷(ぎょくこ)に在りと
(くもり無き心は今も変わらぬと伝えておくれ)
寒々とした氷雨が長江に降り注ぐなかをわたしたちは夜になってこの呉の国に入ってきた
明け方、君を見送り、振り仰ぐと、平らな楚の山がぽつんと見える
君が洛陽につき、洛陽の 親友に「わたしはどうしている」とたずねられたなら
「王昌齢は玉の壷の中の氷のような心境であるよ」と、こう答えてくれたまえ
★王昌齢は李白と並び称される七言絶句の名手です。
江寧の役人だったことから、王江寧とも呼ばれています。
★「芙蓉楼」とは、唐代の江蘇省鎮江(潤州)にあった旅籠。(長江の船旅の宿場)
★冷たい晩秋の雨あがり、靄のはれゆくなかにぼつんと見える山は、
友を見送る王昌齢の姿そのもの。
当時左遷の身であった王昌齢のやりきれなさと孤独感が
「氷心在玉壷」の名句でいっそうきわだつ。
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