登楼 杜甫
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/24 22:22 投稿番号: [184 / 735]
登楼
杜甫(盛唐・712〜770)
花近高楼傷客心 花は高楼に近くして客心(かくしん)を傷ましむ
万方多難此登臨 万方(まんぽう)多難なるとき此(ここ)に登臨す
錦江春色来天地 錦江の春色は天地に来り
玉塁浮雲変古今 玉塁(成都の西北にある山)の浮雲は古今に変ず
北極朝廷終不改 北極の朝廷 終に改まらず
西山寇盗莫相侵 西山の寇盗(こうとう) 相い侵すことなかれ
可憐後主還祠廟 憐れむべし後主もまた廟に祠(まつ)らる
日暮聊為梁甫吟 日暮 聊(いささか)か為す 梁甫の吟
花は高楼のすぐそばに咲き乱れているが、
その美しさはかえってわが旅心を傷ませる
国はいたるところ多難の折り、わたしは高楼に上り世の中を眺めている
錦江の春景色は大空にも大地にも押し寄せているというのに
玉塁山にかかる白雲は古今にわたって形を変えながら、
長い我が国の歴史を見てきた
わが朝廷は北極星にも似て中心にあって、けっきょくは不動のものゆえ
西山にあだなす盗賊どもよ、わが国土を侵そうとしてはならぬぞ
その昔、劉備のあとを継いだ劉禅は国を亡ぼした
それでも廟に祀られているのは、孔明の補佐があったればこそであろう
そのことを思えば、わたしは感慨に堪えない
この夕暮れ、わたしは孔明きどりになって、
孔明の愛誦した梁父吟を口ずさんでみる
(いつの日にか、わたしは諸葛孔明となってこの大唐王国をささえたいものだ)
★杜甫の成都での住居は完花溪にあった。錦江は成都の中心を流れる川。
長江の上流の一部。蜀は錦の産地。川で錦をさらしたので錦江という。
★諸葛孔明(181〜234)の草庵跡の古隆中・・・湖北省襄樊
★文化の型として、
「高楼に登る」詩なら、望郷の想いをうたう。
「江」についてなら、人生の感慨をうたう。
★成都にて戦乱の世を愁い、
諸葛孔明のような人物の出現を期して詠んだ詩。
社会へ貢献したい思い。そして自分の貧困への思い。
★客・・・故郷を離れている人。旅人。
★西山寇盗・・・成都の外、西の異民族、チベット。
寇・・・かたき
★可憐・・・感情を強めるときにいう。
★先帝・・・劉備
後帝・後主・・・劉禅(蜀は二代で滅んだ)
★訓読・解釈は、あじさいです。
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花近高楼傷客心 花は高楼に近くして客心(かくしん)を傷ましむ
万方多難此登臨 万方(まんぽう)多難なるとき此(ここ)に登臨す
錦江春色来天地 錦江の春色は天地に来り
玉塁浮雲変古今 玉塁(成都の西北にある山)の浮雲は古今に変ず
北極朝廷終不改 北極の朝廷 終に改まらず
西山寇盗莫相侵 西山の寇盗(こうとう) 相い侵すことなかれ
可憐後主還祠廟 憐れむべし後主もまた廟に祠(まつ)らる
日暮聊為梁甫吟 日暮 聊(いささか)か為す 梁甫の吟
花は高楼のすぐそばに咲き乱れているが、
その美しさはかえってわが旅心を傷ませる
国はいたるところ多難の折り、わたしは高楼に上り世の中を眺めている
錦江の春景色は大空にも大地にも押し寄せているというのに
玉塁山にかかる白雲は古今にわたって形を変えながら、
長い我が国の歴史を見てきた
わが朝廷は北極星にも似て中心にあって、けっきょくは不動のものゆえ
西山にあだなす盗賊どもよ、わが国土を侵そうとしてはならぬぞ
その昔、劉備のあとを継いだ劉禅は国を亡ぼした
それでも廟に祀られているのは、孔明の補佐があったればこそであろう
そのことを思えば、わたしは感慨に堪えない
この夕暮れ、わたしは孔明きどりになって、
孔明の愛誦した梁父吟を口ずさんでみる
(いつの日にか、わたしは諸葛孔明となってこの大唐王国をささえたいものだ)
★杜甫の成都での住居は完花溪にあった。錦江は成都の中心を流れる川。
長江の上流の一部。蜀は錦の産地。川で錦をさらしたので錦江という。
★諸葛孔明(181〜234)の草庵跡の古隆中・・・湖北省襄樊
★文化の型として、
「高楼に登る」詩なら、望郷の想いをうたう。
「江」についてなら、人生の感慨をうたう。
★成都にて戦乱の世を愁い、
諸葛孔明のような人物の出現を期して詠んだ詩。
社会へ貢献したい思い。そして自分の貧困への思い。
★客・・・故郷を離れている人。旅人。
★西山寇盗・・・成都の外、西の異民族、チベット。
寇・・・かたき
★可憐・・・感情を強めるときにいう。
★先帝・・・劉備
後帝・後主・・・劉禅(蜀は二代で滅んだ)
★訓読・解釈は、あじさいです。
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これは メッセージ 183 (ajisai110701 さん)への返信です.
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