八陣圖 杜甫
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/24 22:04 投稿番号: [183 / 735]
八陣圖
杜甫(盛唐・712〜770)
功蓋三分國 功は蓋ふ 三分の國
名成八陣圖 名は成す 八陣の圖
江流石不轉 江流 石轉せず
遺恨失呑呉 遺恨なり 呉を呑むを失す
諸葛孔明の大きな功績は、三国時代の中国全土をおおいつくすほどである
諸葛孔明の名声は、八陣の図を作ったことにより鳴り響いている
不思議なことに、春の雪融けに長江の水かさが増し、
その流れがどんなに急であっても、諸葛孔明が八陣を研究するにあたって
積み上げたあの置石だけは流されていない
★これは、地元の伝説です。
ただ、残念なことには、諸葛孔明の奮戦にもかかわらず、
三国のうちで最初に滅んだのが蜀であり、
ついに呉の国を併呑することができなかったことだ
★杜甫は、
「我々も残念だが、諸葛孔明はさぞなおさら遺憾であったことだろう」
といっています。
★八陣・・・この詩の場合、諸葛孔明が、揚子江のほとりで
石を積み並べて研究し、作った迷路のような陣形をいう。
生門から入ると勝てる。死門から入ると必ず負ける、
生門と死門を見分けなければならない、・・・とか。
これはたぶん講釈師の創作だといわれています。
★杜甫は諸葛孔明を敬愛していました。
キ州に流寓した55歳のとき、近くに八陣の遺跡がありました。
その遺跡は、杜甫が詩にうたっているから、唐代にはもうある、
おそらくはインチキ史跡です。
★諸葛孔明の功績は、この八陣の石のように、流し去ろうとしても
消えることなく、いついつまでも残る、と詠んでいます。
★結句の解釈は諸説あります。
上記解釈のほかに、
劉備が諸葛亮の反対にもかかわらず、呉を討ったのを恨む
劉備の東征を諌止できなかったことを、みずから恨む
八陣図の陣法を用いることができず、呉を討ったが敗れたのを恨む
など。
★『唐詩三百首』より、解釈はあじさいです。
====================================== =
★訂正
直前の「詠懐古跡 其五」の
>運命は転移して漢の正当の皇位はついに再興できず<
の「正当」は、「正統」です。
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功蓋三分國 功は蓋ふ 三分の國
名成八陣圖 名は成す 八陣の圖
江流石不轉 江流 石轉せず
遺恨失呑呉 遺恨なり 呉を呑むを失す
諸葛孔明の大きな功績は、三国時代の中国全土をおおいつくすほどである
諸葛孔明の名声は、八陣の図を作ったことにより鳴り響いている
不思議なことに、春の雪融けに長江の水かさが増し、
その流れがどんなに急であっても、諸葛孔明が八陣を研究するにあたって
積み上げたあの置石だけは流されていない
★これは、地元の伝説です。
ただ、残念なことには、諸葛孔明の奮戦にもかかわらず、
三国のうちで最初に滅んだのが蜀であり、
ついに呉の国を併呑することができなかったことだ
★杜甫は、
「我々も残念だが、諸葛孔明はさぞなおさら遺憾であったことだろう」
といっています。
★八陣・・・この詩の場合、諸葛孔明が、揚子江のほとりで
石を積み並べて研究し、作った迷路のような陣形をいう。
生門から入ると勝てる。死門から入ると必ず負ける、
生門と死門を見分けなければならない、・・・とか。
これはたぶん講釈師の創作だといわれています。
★杜甫は諸葛孔明を敬愛していました。
キ州に流寓した55歳のとき、近くに八陣の遺跡がありました。
その遺跡は、杜甫が詩にうたっているから、唐代にはもうある、
おそらくはインチキ史跡です。
★諸葛孔明の功績は、この八陣の石のように、流し去ろうとしても
消えることなく、いついつまでも残る、と詠んでいます。
★結句の解釈は諸説あります。
上記解釈のほかに、
劉備が諸葛亮の反対にもかかわらず、呉を討ったのを恨む
劉備の東征を諌止できなかったことを、みずから恨む
八陣図の陣法を用いることができず、呉を討ったが敗れたのを恨む
など。
★『唐詩三百首』より、解釈はあじさいです。
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★訂正
直前の「詠懐古跡 其五」の
>運命は転移して漢の正当の皇位はついに再興できず<
の「正当」は、「正統」です。
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これは メッセージ 182 (ajisai110701 さん)への返信です.
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