紫陽花亭日乗

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Re: 和文天祥正気歌并序    藤田東湖

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/23 00:05 投稿番号: [168 / 735]
承平二百歳       承平   二百歳
斯気常獲伸       斯の気   常に伸ぶるを獲たり
然当其鬱屈       然れども其の鬱屈に当たりては
生四十七人       四十七人を生ず
乃知人雖亡       乃(すなわ)ち知る   人亡ぶと雖も
英霊未嘗泯       英霊   未だ嘗て泯(ほろ)びず
長在天地間       長(とこしな)えに天地の間に在りて
隠然叙彜倫       隠然として彜倫(いりん)を叙(つい)ずるを
孰能扶持之       孰(たれ)か能(よ)く之を扶持(ふじ)す
卓立東海浜       卓立す   東海の浜(ひん)
忠誠尊皇室       忠誠   皇室を尊び
孝敬事天神       孝敬   天神に事(つか)う
修文与奮武       文を修むると武を奮うと
誓欲清胡塵       誓って胡塵を清めんと欲す
一朝天歩艱       一朝   天歩艱(かた)く
邦君身先淪       邦君   身先ず淪(しず)む
頑鈍不知機       頑鈍   機を知らず
罪戻及孤臣       罪戻   孤臣に及ぶ
孤臣困葛●       孤臣   葛●(かつるい)に困(くる)しみ
君冤向誰陳       君冤   誰に向かってか陳(の)べん
孤子遠墳墓       孤子   墳墓に遠ざかり
何以謝先親       何を以てか先親に謝せん

●・・・くさかんむり   +   「田」が三つ


徳川幕府が開かれてより、太平の続くこと二百年
正気は、この間つねに人の世に伸び広がっていった
そうはいっても、時にこの正気も結ぼれて世に現れぬかと見えたことも
あったがその時に、赤穂義士四十七人を生じたのである
かくして、人の肉体は死によって亡びるが
人が宿していた英霊は決して滅びることはない
永遠に天地の間にあって、
隠然として人の世の道義を確立しているのだと知られる
それならば今日、誰が主となってこの正気を支え保ってゆくのか
それは東海のほとりの人傑、水戸斉昭公である
その忠誠のまごころは厚く皇室を尊び
孝敬の誠をつくして天の神につかえている
学問を盛んにするとともに国土防衛の志気を奮い起こし
日本を窺う夷狄の野心を一掃してやろうと誓っている
しかるに、にわかに困難な時運に遭遇して
藩公自身がまず真先に蟄居謹慎を命ぜられてしまったのである
愚かなる私は、その幾(きざ)しを未然に察することもできず
藩公ばかりか我が身までもが罪を獲るにいたった
斉昭公からも引き離された私は、不自由をかこつ閉門のなか
斉昭公の冤罪を誰にむかって訴えたらよいのか
今は父も亡きこの私は、故郷の墓所から遠く離れた江戸での蟄居
亡き父上に詫びようとしても、そのすべさえない


★承平・・・太平を承け継ぐ意で、平和の続くこと。

★二百歳
寛永十五年(1638)に島原の乱が終結して後、もはや大きな戦はなく、
東湖がこの詩を作った弘化二年(1845)まで、ほぼ二百年あまりを経ている。

★清胡塵・・・外国からもたらされる汚れを払う。
胡は、中国西北地域の異民族の総称で、やがてひろく外国をいうに用いる。
この句は、水戸藩主斉昭が攘夷の主唱者であったことを指す。

★弧臣・・・主君から見捨てられたり、遠く引き離されたりしている家臣。

★困葛●・・・葛●は蔓草(つるくさ)。
蔓草にまつわりつかれるように、束縛に困しむ。

★弧子・・・父母もしくは父のない子供。
東湖の父幽谷は文政九年(1826)に没している。


つづく

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