白虎隊 佐原豐山(盛純)
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 21:54 投稿番号: [124 / 735]
白虎隊
佐原豐山(盛純)(1825〜1908)
少年團結白虎隊 少年團結す白虎隊
國歩艱難戍堡塞 國歩艱難 堡塞(ほうさい)を戍(まも)る
大軍突如風雨來 大軍 突如 風雨のごとく來(きた)る
殺氣惨澹白日晦 殺氣 惨澹 白日晦(くら)し
明治戊辰の役に、会津藩の少年は、
団結して白虎隊を編成し、官軍を邀え撃った
一国の危殆艱難に当たって、健気にも堡塁を守ったのである
数千の大軍が突如、嵐の如く颯到すれば
殺気天に漲って物凄く、昼なお暗い有様である
①鼓喧②百雷震 ①鼓(へいこ)喧②(けんてん)百雷震ふ
巨砲連發僵死堆 巨砲 連發 僵死堆(うづたか)し
殊死突陣怒髪立 殊死 陣を突いて怒髪立つ
縱横奮撃一面開 縱横 奮撃 一面開く
①「鼓」の下に「卑」
②モンガマエの中に「眞」
両軍の陣太鼓の音はかまびすしく鳴りわたり、百雷の一時に震うが如く
うち出す大砲は小やみもなく雨霰とふりそそぎ、
戦死者の尸骸は重なりうづ高くなったが
少年隊士はものともせず、決死の勇を奮って敵陣に突入し、
怒髪天を衝くの勢いで縦横に奮戦し、やっと一方の血路を開いた
時不利兮戰且退 時利あらず 戰ひ且つ退(しりぞ)く
身裏瘡痍口含藥 身には瘡痍を裏(つつ)み 口には藥を含む
腹背皆敵將何行 腹背皆敵 將(はた)何(いづ)くにか行かん
杖劔輭行攀丘嶽 劔に杖(よ)り輭行して丘嶽を攀(よ)づ
いかんせん、多勢に無勢、心はやたけにはやれども、時は我に不利となり、
じりじりと押されて、戦闘を交えつつも退いた
いずれも数箇所の傷口を繃帶につつみ、口には気つけ薬を含んで
さて、いずこに行こうかと見廻せば、前も後も屈強の敵軍である
よろける身を剣にもたせつつ、間道づたいに飯盛山に攀(よ)じのぼった
南望鶴城砲煙● 南 鶴が城を望めば砲煙●(あが)る
痛哭飲涙且彷徨 痛哭 涙を飲んで且(しばら)く彷徨す
宗社亡兮我事畢 宗社亡びぬ 我が事畢(をは)る
十有九人屠腹僵 十有九人 屠腹して僵(たふ)る
お城はどんな様子かと、南の方鶴ヶ城を望めば、砲火につつまれ、
黒煙が濛々と立ちのぼっている
さては落城、君公にも御自刃なされたかと、一同声を放って哭きながら、
しばらくやきつもどりつした後
「ああ、これでわが藩も亡びた、われら臣子のつとめもこれまでぞ」と、
衆議一決、十九人の少年は一斉に腹かき切って僵(たお)れたのである
俯仰此十有七年 俯仰 此に十有七年
畫之文之世輭傳 之(これ)を畫(ゑが)き之を文にして世輭に傳ふ
忠烈赫赫如前日 忠烈 赫赫 前日の如し
壓倒田横麾下賢 壓倒す 田横麾下(きか)の賢
歴史は移り世は変わったが、ここに十七年の歳月を経て、
今なお俯仰感慨に堪えないものがある
そこで、或いはこれを画にし、或いはこれを文にして、
盛んに世間に伝えている
大人も及ばぬ彼らの忠烈な精神は赫々とかがやき、
あたかも昨日のことのように思われる
漢に屈せず、斉の田横に殉死した五百の賢士に劣らぬばかりか、
壮絶寧ろこれを圧倒するものがあるのである
★猪口篤志『日本漢詩』下, 明治書院, 新釈漢文大系 46
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少年團結白虎隊 少年團結す白虎隊
國歩艱難戍堡塞 國歩艱難 堡塞(ほうさい)を戍(まも)る
大軍突如風雨來 大軍 突如 風雨のごとく來(きた)る
殺氣惨澹白日晦 殺氣 惨澹 白日晦(くら)し
明治戊辰の役に、会津藩の少年は、
団結して白虎隊を編成し、官軍を邀え撃った
一国の危殆艱難に当たって、健気にも堡塁を守ったのである
数千の大軍が突如、嵐の如く颯到すれば
殺気天に漲って物凄く、昼なお暗い有様である
①鼓喧②百雷震 ①鼓(へいこ)喧②(けんてん)百雷震ふ
巨砲連發僵死堆 巨砲 連發 僵死堆(うづたか)し
殊死突陣怒髪立 殊死 陣を突いて怒髪立つ
縱横奮撃一面開 縱横 奮撃 一面開く
①「鼓」の下に「卑」
②モンガマエの中に「眞」
両軍の陣太鼓の音はかまびすしく鳴りわたり、百雷の一時に震うが如く
うち出す大砲は小やみもなく雨霰とふりそそぎ、
戦死者の尸骸は重なりうづ高くなったが
少年隊士はものともせず、決死の勇を奮って敵陣に突入し、
怒髪天を衝くの勢いで縦横に奮戦し、やっと一方の血路を開いた
時不利兮戰且退 時利あらず 戰ひ且つ退(しりぞ)く
身裏瘡痍口含藥 身には瘡痍を裏(つつ)み 口には藥を含む
腹背皆敵將何行 腹背皆敵 將(はた)何(いづ)くにか行かん
杖劔輭行攀丘嶽 劔に杖(よ)り輭行して丘嶽を攀(よ)づ
いかんせん、多勢に無勢、心はやたけにはやれども、時は我に不利となり、
じりじりと押されて、戦闘を交えつつも退いた
いずれも数箇所の傷口を繃帶につつみ、口には気つけ薬を含んで
さて、いずこに行こうかと見廻せば、前も後も屈強の敵軍である
よろける身を剣にもたせつつ、間道づたいに飯盛山に攀(よ)じのぼった
南望鶴城砲煙● 南 鶴が城を望めば砲煙●(あが)る
痛哭飲涙且彷徨 痛哭 涙を飲んで且(しばら)く彷徨す
宗社亡兮我事畢 宗社亡びぬ 我が事畢(をは)る
十有九人屠腹僵 十有九人 屠腹して僵(たふ)る
お城はどんな様子かと、南の方鶴ヶ城を望めば、砲火につつまれ、
黒煙が濛々と立ちのぼっている
さては落城、君公にも御自刃なされたかと、一同声を放って哭きながら、
しばらくやきつもどりつした後
「ああ、これでわが藩も亡びた、われら臣子のつとめもこれまでぞ」と、
衆議一決、十九人の少年は一斉に腹かき切って僵(たお)れたのである
俯仰此十有七年 俯仰 此に十有七年
畫之文之世輭傳 之(これ)を畫(ゑが)き之を文にして世輭に傳ふ
忠烈赫赫如前日 忠烈 赫赫 前日の如し
壓倒田横麾下賢 壓倒す 田横麾下(きか)の賢
歴史は移り世は変わったが、ここに十七年の歳月を経て、
今なお俯仰感慨に堪えないものがある
そこで、或いはこれを画にし、或いはこれを文にして、
盛んに世間に伝えている
大人も及ばぬ彼らの忠烈な精神は赫々とかがやき、
あたかも昨日のことのように思われる
漢に屈せず、斉の田横に殉死した五百の賢士に劣らぬばかりか、
壮絶寧ろこれを圧倒するものがあるのである
★猪口篤志『日本漢詩』下, 明治書院, 新釈漢文大系 46
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これは メッセージ 123 (ajisai110701 さん)への返信です.
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