商店街
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/09 10:11 投稿番号: [2958 / 3149]
日本の衰微を象徴しているのが、シャッター通りといわれる多くの商店街である。わが家から自転車で10分ほどのところにある商店街もその三割はシャッターが閉まっている。いや、三割ならまだいい方で、「ほかに出来ることもないので店を開けている」というだけの、すでに商店街の体をなしていない通りもある。これは、昨日、今日はじまった問題ではないのだが、夕方になると家庭の主婦が「買い物籠」を下げて買いに来てくれるという時代は大昔に消えてしまった。その代わりに「超級市場」と「コンビニ」が発展はしたが、わが家から歩いて5分の○○商店街は週末には人でごった返すほどの賑わいを見せ、ときおりはテレビ局のカメラクルーが取材にくるほどである。そうは言っても、どの店も眼を剥いて驚くような安売りをしているわけでもなく、「この店とこの店は多少安いか」といった程度で、近隣の商店街に比べて、その際立った格差はちょっとした謎だ。もちろん、そうしたなかでも客の寄り付かない店もあるから、商売とはじつにむずかしいものだと思う。やはり、客の立場になって、仕入れを工夫し、さらには商品を吟味したうえで、なんとか安く売ろうという姿勢があれば、お客さんは入ってくる。
台湾では大屋根の下に一坪かそこらの小売店が何十、何百も密集した市場を見かける。もちろん、中国にもアジアのどこにもあって、だいたいは生鮮食品なのだが、日本では「食品衛生」だのなんだの、官僚と資本の利権を保護する多くの規制があって、こうした市場は地方の小規模なものを除いて都市部ではまず見かけない。わたしは以前、このトピで「日本にはなぜ市場がないのか」という話を載せたが、もともと、ここに来て話をしてくれる人はごく少ないから「しょぼい」線香花火で終わってしまった。
日本人の老齢化は凄まじく、社会から活力が消えかかってはいるが、それでも「まだ働きたい」と考えている老人もかなり多いのではなかろうか。家の中でぼんやりテレビを見ているだけではボケ老人になるのも早かろう。もちろん、激しい肉体労働は無理だが、ちょっとした小売の店番なら出来るだろうから、地方自治の政策として、市有地【公園など】の一部を開放して老人だけの昼間だけの常設の小売り、フリーマーケットのようなものが出来ればいいのではないかと思うのだが…。
台湾では大屋根の下に一坪かそこらの小売店が何十、何百も密集した市場を見かける。もちろん、中国にもアジアのどこにもあって、だいたいは生鮮食品なのだが、日本では「食品衛生」だのなんだの、官僚と資本の利権を保護する多くの規制があって、こうした市場は地方の小規模なものを除いて都市部ではまず見かけない。わたしは以前、このトピで「日本にはなぜ市場がないのか」という話を載せたが、もともと、ここに来て話をしてくれる人はごく少ないから「しょぼい」線香花火で終わってしまった。
日本人の老齢化は凄まじく、社会から活力が消えかかってはいるが、それでも「まだ働きたい」と考えている老人もかなり多いのではなかろうか。家の中でぼんやりテレビを見ているだけではボケ老人になるのも早かろう。もちろん、激しい肉体労働は無理だが、ちょっとした小売の店番なら出来るだろうから、地方自治の政策として、市有地【公園など】の一部を開放して老人だけの昼間だけの常設の小売り、フリーマーケットのようなものが出来ればいいのではないかと思うのだが…。
これは メッセージ 2957 (unh*o さん)への返信です.
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