選集
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2013/02/18 12:46 投稿番号: [3149 / 3149]
劉少奇選集を買ったのはいつだったか。横浜中華街の土産物屋の奥にある書籍コーナーだったが、これも北京外文出版社の日本語版。「とにかく原文を読め」と、昔、大学の先生が言った言葉はいまでも耳に焼き付いている。先生の曰く、「たとえば、日本史の入試には【方丈記】の作者はだれか、という質問が出る。【鴨長明】と書けば正解だが、そんなものは教養でもなんでもない」と。「原文」となれば、本来なら当該の外国語で読まなければならないが、これはちょっとできない。しかし、まぁ、世の中には凄い人もいたもので、昔、KDDに勤めていた先輩が、若いときにトルストイだか、ドストエフスキーだかの小説を読んで、「これをロシア語で読みたい」という衝動に駆られ、横浜市西区にあったロシア語教室に通いつめ、ついに「読めるようになった」というから驚きである。「難しかったでしょう」と聞けば「最初はね」という返事。あとは雪達磨式に覚えて、半年もすると「このままやっていけば、もう少しなんとかなる」と確信できたというから敬服のほかはない。こっちは、英語学習書など、辞書とともに呆れるほど持ってはいるが、知能程度も低く、頑張りもきかない性分だからどうにもならない。そう、劉少奇選集の話、「文革で、かれはどうしてあんな酷いめに遭ったのか」という疑問があって、その書籍コーナーで見つけた本をすぐにレジに持って行ったのである。最初は「共産党員の修養を論ず」というじつに冗長な論文で、なにをいいたいのか、長々と書いてはあるのだが、さっぱり要領を得ない。ほかも一通りは読んだが、あまりにも穏やかな、改良主義、保守主義で、「これでは、あの湖南省湘潭県から出てきた激烈な革命家と一緒に仕事はできなかろう」というのがわたしの感想だった。あれじゃ、共産党の親分のご機嫌を損ね、ガツンとやられるのも無理はない。そこへいくと、周恩来はアタマがいいから、そんなお説教や論文の類はいっさい残さなかった。その、湘潭県のオヤジだが、かれも晩年は耄碌して、青年時代の爽やかな顔立ちもすっかり醜くなり、権力の亡者となって晩節を汚してしまった。「毛主席語録」という赤いビニール表紙のミニ本も持っていたが、どこになくしたか見当たらない。もっとも、「選集」から引っ張りだしてきた、あんな細切れの文言じゃ「原文を読んだ」とは言えない。
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