成り行き
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2008/10/22 11:56 投稿番号: [1628 / 3149]
松下幸之助は小学校四年で奉公に出された。豪農だった父親が米相場で失敗して最初は大阪の火鉢屋に、そしてすぐに当時はモダンな商売だった自転車屋の住み込みの小僧となった。自転車屋といっても輸入販売を手がける割合に大きな店だったようだ。当時の自転車はすべて商売の運搬用具として大きく頑丈に出来ていて、今の片手で持ち上がるような華奢なものではない。写真館でご主人の奥様と並んで撮った幸之助の写真が残っていて、まだ、本当の子供なのだが、端正で利発そうな顔立ちが印象的だ。
http://matsushita-library.jp/history/index.html
幸之助は常日頃、「自分は運が良かっただけだ」と言っていて、入社試験の受験者にも「君は運がいいほうか、良くないほうか」と質問するのを常としていた。「運は良いほうです」と言うと採用されたようだが、「人間万事塞翁が馬」「人生はあざなえる縄の如し」とも言うから誰だって先のことはわからない。
本当に「運」というものがあるのか、あるいは何事も絶対的な必然なのか、考えたって結論の出ないテーマだ。これは科学的な実験や分析はできそうもないから、へたをすると宗教やカルトの分野に踏み込んでしまう。
「あの時、あそこを左に曲がっていれば、あの信号を渡らなければ、あの店に入らなければ…」などと今さらどうにもならないことを考えても始まらない。
立川談志というへそ曲がりの落語家が「人生なんか成り行きだよ」とよく言う。「成り行き」とはよく使う言葉だが、早い話、「なるようにしかならない」ということか。まぁ、そう考えれば深刻にならなくて済む。
これは メッセージ 1627 (unhoo さん)への返信です.
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