Re: 泣き女
投稿者: heitotakaohonor 投稿日時: 2008/07/14 04:05 投稿番号: [1546 / 3149]
unhoo様:
どうも台湾式の葬式の経験はわたしは十分しました。昭和15-17年くらいまで
おそらく十数回経験しました。やはり多少お金持ちの葬儀だと「なき女」が3-4人もついた。トラックの上で泣くより市内の中心で泣きながら歩くのが常でした。顔は例の長い裾の芋袋の生地みたいな質素な白と茶色の混ざりの礼服でみえません。大きな泣き声を出すのが上手だとききました。だがあれが商売でやっているのだと聞いてから、見にいきませんでした。戦時が進み、葬儀屋が
空爆で焼かれ、燃料が不足で、煙を出すなという軍の命令で集団被害がでた時には警察や軍部が采配をとりました。毎日2-3回警戒警報の下で、葬儀もゆっくりできませんでした。戦後いつから無くなったのかな?2-3回泣く女の後を
ついていきました。土葬ですから墓場に到着して一息大きく泣いてからご無用
となりました。あれでいくら払うのかわからぬが、1-2円程度でしょうかな?
広い街路より狭い小路のほうが泣き声は大きく響くときいたことがあります。高雄より鳳山でよく聞いた泣き声でありました。都会では減りつつあったこの
形式であったのでしょうかね。
これは メッセージ 1540 (unhoo さん)への返信です.
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