ビックリ台湾!?

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友を作るのがへたな阿扁

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/28 05:41 投稿番号: [1468 / 3149]
今から十年前の台北市長選挙で、当時の陳水扁台北市長が再選を狙ったが、国民党の市長候補者に敗れた。

馬氏は選挙に勝つと、すぐさま桃園県にある蒋経国の遺体保存所へ駆けつけて勝利を報告し、涙を流したと当時の新聞、テレビが報道している。これでは仇討ち本懐を遂げた大石良雄みたいだ。「・・・溢るる涙とどめかねつも」というわけだ。

しかるに、台北市長選挙で馬氏が勝利したために、2年後の2000年に阿扁が総統選に出馬して、当選してしまった。1998年の台北市長選に馬氏が負けていたら、阿扁はまだ台北市長にすぎなかったのに、今や阿扁は総統で、馬氏はたかが台北市長、馬氏が桃園で流した涙は、むなしいものになった。

役所には総統の写真を掲ぐべしという規定を、馬氏は蹂躙して、孫文の写真を掲げることにした。孫文は台湾に何の貢献もないのだから、孔子の画像でも掲げたほうがよかっただろう。

阿扁はどうも友を作ることがへたのようだ。彼は台北市長時代、風俗業の取り締まりにえらく熱心だった。阿扁市長が風俗業を弾圧した結果、小型レストラン業、屋台店営業、タクシー業など、夜の営業が大切だった業者が大打撃をうけた。この人たちは、もとは阿扁のファンだったから、阿扁に事情を訴えて手加減を要望したが、阿扁は頑として手をゆるめなかった。その結果、1998年の台北市長選挙では、四年前に阿扁を支持して当選させた夜間営業の業者がこぞって馬側に寝返って怨念を晴らし、阿扁を落選させたのである。

阿扁が友を作るのがへただったもうひとつの例をわしは記憶している。1997年の3月、捷運淡水線の開通が間近になり、料金表が発表されたとき、淡水線の末端あたりに住む人たちが「この料金表では、われわれが台北市に通勤しする交通費が一ヶ月にこれこれの額に達し、負担が大きすぎる。料金計算を、距離が遠いほど逓減する方式にしてもらえまいか」と申し出た。これに対して阿扁市長は「この料金表は、専門家が精密に計算して作ったのだから、変更は不可能である」とにべもない返事をあたえた。まるでわざわざ敵を作ろうとしているようなものだ。拒絶するにも、もっと穏やかな言いかたがあるはずだし、遠距離地住民の立場は、考慮すべきだった。
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