摂政殿下
投稿者: tokyo_cachito2 投稿日時: 2007/01/17 00:13 投稿番号: [1221 / 3149]
もう十年も前か、三義の小学校校庭での結婚披露宴に参加した。ここは彫刻で有名な町だ。花嫁は越南女性だった。総勢二百人も来ていただろうか、いくつものテーブルとテント、トラックを改造した芸能社の大音量のカラオケステージ、これもトラックで乗りつけた出張の仕出し料理でとにかく満腹になるまで食うだけは食った。日本の堅苦しい披露宴とは趣を異にする「食の宴会」である。これが終わって、すぐ近くの婿殿の家に引き上げる途中、見知らぬ(あたりまえだ)お爺さんが後を追って話しかけてきた。日本人と話がしたいとのこと。会場に日本人が来ていると知らされたのだろう。「摂政殿下がおみえになったとき、台北まで歓迎に行きました」というお話だった。「あ、そうですか」とそっけない返事をしたことが今でも痛恨の極みだ。お爺さんの家を聞いてその日にも訪ねるべきだった。摂政殿下とは昭和天皇、1921年の台湾訪問である。その時の、あのご老体が仮に十歳とすれば今は96歳になられる。ところで、摂政の旅行は「行幸」とは言わないのか、どうか、あとで調べてみたい。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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