>西洋、東洋のコンプレックスから抜け出す
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/06/06 00:06 投稿番号: [892 / 1329]
中世の西洋はイスラム圏に対しては、絶対的な自信はなかったと思います。
経済力、文化では上回ってました。
東洋に対してのコンプレックスという言葉をどこから拾ってきたかわかりませんが、東洋に対してのコンプレックスがあるなら、
東方、オリエントなのだろうと思います。実際、それだけの実力がオリエントにはありましたから。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2007060262748>東洋は清―朝鮮―日本間の戦争に決着がつき、平和の繁栄期を迎えた。
李朝はそんな繁栄してたかな?
>デカルトやライプチヒなどの活躍で近代科学の方法論的な土台が作られ、
東方からシチリアへ、イベリア半島へ、ギリシア・アラビアの学術がもたらされます。
ユークリッド、プトレマイオス、アル=フワーリズミーなどが次々とラテン訳され、西欧の知的基盤が飛躍的に充実することになります。
http://members.jcom.home.ne.jp/spu/027.htmギリシア・ローマ文明の直系の相続者東ローマ帝国(ビザンツ)
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イスラム世界がビザンツの領域を侵食
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830年頃、バグダードに「知恵の家」という研究所、
ギリシア古典のアラビア語への翻訳
バグダード、ダマスクス、カイロなど各地に図書収集の係官を派遣し、40万冊の書物をコルドバの図書館に集める
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イスラム世界に保存されてきたギリシア・ローマ文明が、西ヨーロッパ世界に紹介されるようになる
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ヨーロッパにおける古代文明の「再生」、すなわち「ルネサンス」と呼ばれる現象がおこることになる
これは メッセージ 883 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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