李朝朝鮮

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大いにトピずれですが、

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/06/04 21:07 投稿番号: [889 / 1329]
李朝や江戸幕府の鎖国の門戸をノックして、
東亜を騒がせた元凶でもあるので、一応、その正体を知るためにも、この話をすすめます。


>北ヨーロッパの民がローマ帝国の奴隷・使用人だったというのは中学時代に知りましたが、中世以降もあったのでしょうか?

紀元60年頃、ローマの人口は200万人だったと言われてますが、
その半分は奴隷だったとか。
イスラム教徒とキリスト教徒の宗教戦争が絶え間なく、お互いに捕虜を奴隷としたため、奴隷制度は存在してました。
しかし、キリスト教徒の欧州人が同じ欧州のキリスト教徒をイスラム圏に売り込んだことは大きな声で語られていません。

すでに10世紀から11世紀頃、北から下降してきたバイキング(主としてスウェーデン人)はバクダッドの王室やビザンチン帝国と貿易関係を結び、毛皮と白人奴隷を売り込んでいました。
奴隷狩りは、主としてボルガ河畔に沿って、ウラル山脈に至るロシアの平原、ポーランドなどにおいて盛んで、スラブ人の男女、特に女性が村々から拉致されたので、スラブ人すなわちslavは奴隷slaveを意味するようになりました。ロシアの貴族や富豪達は奴隷販売を奨励し、財政の足しにしました。

イスラム圏に毛皮と白人を売り、バイキングはアジアから運ばれた貴重品・・・絹、香料、砂糖などを買いました。
それはヨーロッパの権力者が求めるものでした。
ヨーロッパがアジアに求めたものは、
生糸、絹、木綿、珊瑚、真珠、宝石類、磁器、染料(藍、紅、紫、茜草、サフラン、ミョウーバン、硫黄)、香料(胡椒の実、桂皮)、医薬品(香油バルザム、樟脳、下剤に用いる大黄、タンニンなど)発揮油、鉱物油、砂糖・・・などいくらでもありました。
逆に、欧州は売ることができるのは、毛織物、革製品、毛皮ふらいで、後は金銀で支払うしかなかったので、同じ民族の白人奴隷を売ったのでした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7

そのバイキングの次はジェノバの商人が奴隷商売に手を出しました。
黒海貿易は奴隷貿易と言っても過言ではありませんでした。
ダルマチア沿岸、ペロポーネソス半島、クレタ島で奴隷狩りが行われ、
奴隷はレバンテ(現在のシリア、レバノン、パレスチナ、イラク、ヨルダン)に売られました。
売る先は富み栄えるイスラム圏でした。
1550年、北アフリカのチェニジアには、約三万人の欧州人男女が奴隷として働いていたと言われてます。
このノウハウが、1世紀後、イギリスの大西洋横断奴隷貿易のに引き継がれることになります。

白人奴隷が姿を消したのは、大航海時代あたりからでした。
欧州人たちが直接アジアに出かけるので、東方貿易で栄えたイスラム圏が衰退し、
欧州人たちが世界の各地を植民地化して欲しかったものを金と引き換えることなく手に入れられるようになったことと、
有色人種を奴隷とし、だだの労働力や商品とすることができるようになったからです。

1587年、秀吉が九州で「バテレン追放令」を出した理由のひとつに、
ポルトガル人が日本人男女を買い込んで、長崎からポルトガル船に積み、
奴隷として海外に売る行為を指摘しています。
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