過酷な植民地政策ニダ!
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/15 22:58 投稿番号: [792 / 1329]
どうでしょうか。この韓国による植民地経営の解釈は?(笑)
3.1独立運動
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm?No=1356
>西洋諸国の場合は、すでに植民地経営の目的は、間接統治方式でその地域の資源や自分たちのもっている資本を輸出することでした。しかし日本の場合はまだ市場経済で優位を占め朝鮮を支配する力量がありませんでした。そのため直接統治の形式をとるほかなく、それで日本の植民地支配政策は他の国々に比べて過酷だったのです。
欧米列強の収奪型植民地とは、小農民から耕作地を取り上げ、プランテーションという大規模農場を始めて安い賃金で働かせ、植民地の原産品を収奪し、その加工品を売りつけ、植民地を消費地に落とすことである。二重に搾取された植民地には、過酷な労働以外は何も残らない。
VS 日本の統治。
1.鉄道、道路、橋梁などの交通機関の整備により、経済が活性化し、ダム・植林・灌漑施設の整備など農業生産も飛躍的に増大して、李朝での飢餓問題も解決された。
2.教育が普及し、医療制度も近代化して予防制度が確立した。人口と平均寿命は2倍になる。
3.私有財産の処分、移動、職業選択と居住の自由が認められ、経済秩序が確立した。
4.法治制度の下に公正な裁判が行われるようになり、賄賂の慣習が一掃された。
>1910年からおよそ8年間にわたって続いた土地調査事業で韓国の農民は、先祖代々の土地を奪われ貧農、小作農に転落しました。
フランスのダレ神父、『朝鮮事情』。
「両班は世界中で最も強力にして傲慢な階級である。彼等が強奪に近い形で農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払い無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止する守令(知事)は一人もいない」。
「土地調査事業」で正確に耕地面積を把握することは、食料計画から、農業政策の立案、課税収入の安定、国家予算の配分まで、国家の運営に必要不可欠。この結果、実は税金を逃れる両班や地主の隠田が数多く発見された。
朝鮮総督府がこまやかな説明を農民に行い、農民の協力の下に行われた。少なからぬ農民は強奪された土地を取り戻すこともできたし、自作農になれた場合もある。
「土地調査により所有不明などで、総督府が接収した土地は全耕地の3%」
日本人関係所有土地は、「全耕地面積の5.7%」
(「日本植民地経済史研究」(名古屋大学出版会刊))
>日本は韓国全土に憲兵と警察を配置し、完全な監視体制を構築しました。
プッ。
台湾統治に派遣された警察官の数に比較して、朝鮮総督府の警察官と憲兵の数は3分の1の人数でしかない。しかも、その半数以上は、現地の朝鮮人を採用した。朝鮮人警察官4440名を入れて総数7712名にすぎなかった。現在の東京都総人口1200万人に対し2万5000人の警官配備に比べると、2倍以上の人口の朝鮮は6分の1以下の配備比率である。
>農民、労働者、地方の人々が参加しこの運動はより過激に、暴力的な形態の運動となり、それに連れて日本の鎮圧も強力になりました。
>日本は各地のデモの主導者を逮捕し、無差別の発砲と殺戮で弾圧しました。
>日本の公式集計によれば3.1運動が起きてから2ヶ月間の死亡者は7500人、負傷者1万6千人、逮捕者6千人、そして49の教会と学校、715軒の民家が延焼したとありますが,
これは、韓国の捏造の歴史教科書の記録。
朝鮮総統府の記録では、「死者553人、負傷者1409人、収監されたのは8437人」。
その原因は、朝鮮人の暴動が日本人殺害・襲撃、放火など過激になったためです。
無差別な発砲や殺戮はしておりません。
堤岩城教会事件は例外ですが、韓国の教科書のように、犠牲者は少女や乳飲み子ではなく、暴動容疑者です。
教会の被害は暴動朝鮮人の主体が天道教徒にあり、キリスト教会を排撃するため放火したのが原因。
3.1独立運動
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm?No=1356
>西洋諸国の場合は、すでに植民地経営の目的は、間接統治方式でその地域の資源や自分たちのもっている資本を輸出することでした。しかし日本の場合はまだ市場経済で優位を占め朝鮮を支配する力量がありませんでした。そのため直接統治の形式をとるほかなく、それで日本の植民地支配政策は他の国々に比べて過酷だったのです。
欧米列強の収奪型植民地とは、小農民から耕作地を取り上げ、プランテーションという大規模農場を始めて安い賃金で働かせ、植民地の原産品を収奪し、その加工品を売りつけ、植民地を消費地に落とすことである。二重に搾取された植民地には、過酷な労働以外は何も残らない。
VS 日本の統治。
1.鉄道、道路、橋梁などの交通機関の整備により、経済が活性化し、ダム・植林・灌漑施設の整備など農業生産も飛躍的に増大して、李朝での飢餓問題も解決された。
2.教育が普及し、医療制度も近代化して予防制度が確立した。人口と平均寿命は2倍になる。
3.私有財産の処分、移動、職業選択と居住の自由が認められ、経済秩序が確立した。
4.法治制度の下に公正な裁判が行われるようになり、賄賂の慣習が一掃された。
>1910年からおよそ8年間にわたって続いた土地調査事業で韓国の農民は、先祖代々の土地を奪われ貧農、小作農に転落しました。
フランスのダレ神父、『朝鮮事情』。
「両班は世界中で最も強力にして傲慢な階級である。彼等が強奪に近い形で農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払い無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止する守令(知事)は一人もいない」。
「土地調査事業」で正確に耕地面積を把握することは、食料計画から、農業政策の立案、課税収入の安定、国家予算の配分まで、国家の運営に必要不可欠。この結果、実は税金を逃れる両班や地主の隠田が数多く発見された。
朝鮮総督府がこまやかな説明を農民に行い、農民の協力の下に行われた。少なからぬ農民は強奪された土地を取り戻すこともできたし、自作農になれた場合もある。
「土地調査により所有不明などで、総督府が接収した土地は全耕地の3%」
日本人関係所有土地は、「全耕地面積の5.7%」
(「日本植民地経済史研究」(名古屋大学出版会刊))
>日本は韓国全土に憲兵と警察を配置し、完全な監視体制を構築しました。
プッ。
台湾統治に派遣された警察官の数に比較して、朝鮮総督府の警察官と憲兵の数は3分の1の人数でしかない。しかも、その半数以上は、現地の朝鮮人を採用した。朝鮮人警察官4440名を入れて総数7712名にすぎなかった。現在の東京都総人口1200万人に対し2万5000人の警官配備に比べると、2倍以上の人口の朝鮮は6分の1以下の配備比率である。
>農民、労働者、地方の人々が参加しこの運動はより過激に、暴力的な形態の運動となり、それに連れて日本の鎮圧も強力になりました。
>日本は各地のデモの主導者を逮捕し、無差別の発砲と殺戮で弾圧しました。
>日本の公式集計によれば3.1運動が起きてから2ヶ月間の死亡者は7500人、負傷者1万6千人、逮捕者6千人、そして49の教会と学校、715軒の民家が延焼したとありますが,
これは、韓国の捏造の歴史教科書の記録。
朝鮮総統府の記録では、「死者553人、負傷者1409人、収監されたのは8437人」。
その原因は、朝鮮人の暴動が日本人殺害・襲撃、放火など過激になったためです。
無差別な発砲や殺戮はしておりません。
堤岩城教会事件は例外ですが、韓国の教科書のように、犠牲者は少女や乳飲み子ではなく、暴動容疑者です。
教会の被害は暴動朝鮮人の主体が天道教徒にあり、キリスト教会を排撃するため放火したのが原因。
これは メッセージ 789 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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