李朝朝鮮

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元敬王后・閔氏

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/02/28 16:59 投稿番号: [677 / 1329]
KBS   WORLD   Radio
歴史の中のすごい女たち   その3. 元敬王后・閔氏
2007-02-21

歴史の中のすごい女たちをご紹介している今月、今日ご紹介する、元敬王后・閔氏(ウォンギョンワンフ・ミンシ)は、朝鮮王朝第3代の太宗(テジョン)の妃で、第4代世宗の母です。
このようにご紹介すると、夫と息子を王様にした、非常に幸せな人生だったようですが、残念ながら後半生は悲劇的でもありました。

彼女が18歳で嫁いだ2歳年下の李芳遠(イ・パンウォン)は、李成桂の5男でした。
そして彼女が嫁いでからちょうど10年目に李成桂(イ・ソンゲ)が朝鮮王朝を建国し、初代王、太祖(テジョ)になったのです。
朝鮮王朝の建国にあたり、彼女の夫の李芳遠(は大きく貢献します。
それも父の代わりにその手を血に染めて反対派を殺していきます。

朝鮮王朝建国後、太祖がその後をすんなり長男に譲っていたならば彼女も控えめな嫁のままで終わっていたかもしれません。
しかし太祖は8人の息子の中でも一番の末っ子、8男に後を継がせようとします。
8人の息子のうち、上の6男は韓氏の子   そして下の二人は康氏の子でした。
腹違いの兄弟、それも当時11歳だった子どもに王座を渡すのを指をくわえて見ているわけにはいきませんでした。

当時、李芳遠ら王子は、それぞれ家に私兵といわれる護衛兵を抱え、当然武器も備えていました。
この私兵と武器を父の太祖が解散するようにといってきた時に、彼女はそっと人目につかぬように隠すことにします。
いつか来るであろう、その日のためにです。

1392年、父の太祖が王位についてから7年目に病の床に就きます。
彼女は夫に今がそのチャンスだと説き、隠していた武器を渡し、実家の弟達とともにクーデターを起こすように勧めるのです。

李芳遠    どうした夫人、そなたが急病だというので病気で臥せっている父上の側を離れてこうして帰ってきたというのに   そなたはいたって元気そうではないか。
  
閔氏     あなたを急に呼び戻したのはこの機会を逃さないでいただきたいと思ったのです。

李芳遠     何のことだ、機会とは?

閔氏      あなたの腹違いの弟達を殺す機会です。
        事を起こすには今ほど絶好のチャンスはありません。
        ここにいる私の弟達があなたを助けますから。

李芳遠    しかし、3人だけでは・・・
       武器も先日差し出してしまい、ないではないか。

閔氏     ご心配ありません。
    武器はご覧のように、槍、刀、鉄砲、ミサイル、タンクと何でもそろっております。
    すべて私のへそくりで準備しておきました。

李芳遠   分かった、そこまで言うなら一つ派手にクーデターを起こそうぞ!!

というわけでおきたクーデターが後に第一次王子の乱と呼ばれるもので、その後もう一度、第二次王子の乱を経て芳遠は、第3代目の王、太宗となります。

ここまでは夫の尻を叩き王座につけるのに大活躍した彼女でしたが、ここからの人生、夫に裏切られることになります。
王位に就いた夫は側室をもち、12人もの側室に12男17女という多数の子供を生ませます。
さらにクーデターの際に手を貸した彼女の弟たちを死罪にして殺してしまうのです。
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=198
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