Re: 李朝の「鳥銃」
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/02/20 22:12 投稿番号: [667 / 1329]
>はじめて知りました。火薬は元で伝わってたから、火薬はもともと使ってたのかもしれませんね。
鳥銃ではなく、銅製の筒に火薬と弾・矢を入れて発射する銃筒はありました。ただし、明が火薬兵器の製法などを門外不出にしてましたので、せいぜいが明建国時点でのものであり、それを改良したレベルであったようです。
>ほほっ〜どう出来が良いのか証拠が残ってたら、信じてもいいな〜。
水車が結局は作れなかった例があるから、朝鮮人の技術面への積極性を信用してよいかどうか。
朝鮮人の利き腕や標準的手の大きさに配慮してたとかそんなことなんでしょうか?
壬辰倭乱中に李舜臣が鳥銃5丁を造らせて国王に献上したのですが、引き金を引いて瞬時に点火して発射する仕組みがなかなかうまくいかず、試し撃ちの結果、
「国産品はまだまだ精巧じゃないし、役に立たないから、日本の鳥銃をもっと研究しなくてはいかん」
という王の言葉を賜ったそうです。
ようは「良いもの」というのは、特別なものを指すのではなく、単にまともに使えるもの、つまり不良品ではなく、最低限ふつうに使用できるものであるかと。
1653年の裸禅(ロシア)征伐では、清が砲手100人を動員するよう命令してきましたし、1657年の第二次出兵でも砲手200人が派兵されています。
また、呉三桂ら三藩の乱でも砲手出兵を要請されています。明の復興を図る連中を撃つのは忍びない、としてこれは断りましたが。(んで、例によってあとから問責されるわけですが)
これは メッセージ 666 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/667.html