パチモンの人質
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/26 14:54 投稿番号: [640 / 1329]
以前、ふれましたように、丙子胡乱(1636、7年)で、清の奇襲をくらった仁祖政権は、講和交渉で時間を稼ごうとして、まず、清の要求どおり王弟と大臣を人質に送ります。
ところがそれはパチモンでした。身分の高くない王族を王弟とし、重職にない廷臣を大臣と称して送ったのです。
清人は「前回(丁卯胡乱)、パチモンを送ってきただろ。今回は本物か?」と疑い、問いつめますが、答えられません。
そこで、清人は付き添いできていた朴蘭英という人物(サルフの戦いで捕虜となり、丁卯胡乱では講和の仲介役に当たった。戦後は朝鮮に帰国し主に対後金外交に従事していた)に問いただします。
朴は「本物です」というのですが、怒った清人は、お前までウソをつくのか!とばかりに朴を殺してしまいました。
原文
綾峰君[イ+稱のつくり]及沈[言+揖のつくり]、往虜営議和事。
虜問曰「爾国往在丁卯年、亦以仮王子欺我。此則真王弟乎」
[言+揖のつくり]不能対。
又問曰「爾是真大臣乎」[言+揖のつくり]又不能対。
虜遂問於朴蘭英、蘭英以[イ+稱の右側]為真王弟、[言+揖のつくり]為真大臣、虜大怒、遂殺蘭英、因言曰「出送世子然後、方可議和云」
「仁祖実録」
仁祖14年(1636)12月16日
これは メッセージ 583 (toapanlang さん)への返信です.
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