Re: 朝鮮時代の衣食住
投稿者: licky_etozero 投稿日時: 2006/09/28 14:00 投稿番号: [361 / 1329]
>李朝時代、稲の栽培について、気候的な条件によって水の確保が困難だったというのと、労力に見合う安定した実入りが得られにくいというのはあったでしょうね。いろんな制約の存在する米だけに依存するのは危険だったと。
稲作は水があればよいというモノでもなくて
水の温度も重要になります
ですから日本では江戸時代から
水源から圃場へ水を引くに当たって
水温を少しでも上昇させようとする 様々な試みがなされ
今日の農法にも受け継がれています
また
水源となる河川より圃場の標高が少しでも高いと
水車を使って水を引き上げるなどの工夫もし
ただ水車を制作するだけでなく
水車の回転を脱穀や小麦を搗くのに使ったりと
農民達が考案しています
江戸時代以前には
東北や北陸での稲作は大規模にされていた訳ではないようです
しかし
江戸時代に
コメが武士や町人の生活を支えるモノとなると
品種改良や農法の開発によって
東北でも稲作が非常に盛んになったようですが
干害・冷害に比較的強い赤米・黒米ではなく
今日的な品種だったために
天明の大飢饉ですっぱりヤられちゃいました
(まあ
この当時は洋の東西を問わず
農業の受難期の一つでもありますが)
1750年前後の李氏朝鮮は
この被害を受けて居るんでしょうか?
これは メッセージ 354 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/361.html