李朝朝鮮

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Re: 朝鮮時代の衣食住

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/09/17 03:59 投稿番号: [343 / 1329]
>昔の韓国のお米は今ほど粘り気がなかったのでしょうか?

これは、中国でご飯を食べるのに箸を使い始めたのが、「粘り気があるご飯」という理由によります。

>>韓国のお米は   日韓併合以前はインディカ種と言うお米を栽培していたと思われます

昔の朝鮮のコメがインディカ種だったという説には、疑問(否定する意味ではなく、質問に近い)があります。
なぜなら、朝鮮がインディカ種だとすれば、かつての有力説、日本のジャポニカ種のコメは朝鮮半島経由との説が立てられること自体が不自然だからです。
以下の資料により、同じジャポニカ種だったが、その品種が劣り、粘り気が少なかったと考えます。

また朝鮮のコメ自体に粘り気があったとしても、朝鮮の庶民は白米だけの食事ではなく、粟、ひえ、麦、又は雑穀を混ぜたものですから、この点から箸で食べる習慣にならなかったとも考えられます。
例えば、麦飯も、コーリャン飯も粘り気がなく、ポソポソです。

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日本における稲作の歴史
水稲である温帯ジャポニカについても縄文晩期には導入されていたことも判明しつつある。さらに近年の炭素14年代測定法により弥生時代の始まりが少なくとも紀元前9世紀まで遡る可能性が出てきたことも特筆すべきことだろう。朝鮮半島よりも早期に稲作が行われていたことを示すデータとして注目されている。

日本への稲作の伝来
かつては1.の朝鮮ルートが有力視されていたが、近年の遺伝子考古学によって大陸からの直接伝来ルートが時間的には早かったことが有力視されつつある。日本、朝鮮、中国に現存する稲の遺伝子を調べたところ、日本に存在する稲は大きく2種類にわけられ、そのうちのひとつが朝鮮半島には存在しないものであったためである(静岡大学農学部佐藤洋一郎助教授の研究による)。これらの説により、現在もっとも有力な伝来ルートとして中国、山東省付近が挙げられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E4%BD%9C


北朝鮮の農業と日本
亜細亜大学アジア研究所所報   第101号
(平成13年2月9日)

遅れた李氏朝鮮で篤農家的存在を見つけるのは難しいと思われるが、日本統治になると総督府がその役割を果たした。「朝鮮の在来の稲はその品種が雑駁にして数多くの異品種混淆し収量品質共に著しく劣れる」注2)と見、その品種改良には大変な努力を重ねている。そして植民地統治の間に農村に篤農家を育成して行ったのである。この下地が韓国では朴政権下で新しい農村運動となって結実したが、北朝鮮では金日成政権の土地改革で篤農家的存在は、日帝協力者、中小地主・富農的身分として追放されてしまったのである。

大韓帝国時代の朝鮮の水稲生産力が著しく低かったことについて、農機具の技術水準の低位、耕種耕作法(肥料施用量、苗代の方法、害虫駆除予防、刈取時期、乾燥調整方法など)の不備にもよるが、その最大のものは、水利設備の未整備にあった。
河合和男は李朝末期の水利の不備について述べているが、北朝鮮の水利事業は昭和一〇年代になって急速に進められ、特に後半にはかなり整備された。
http://www.pyongyangology.com/index.php?option=com_content&task=view&id=167&Itemid=32
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