Re: 李朝朝鮮と本貫と勢道政治への疑問
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/19 15:14 投稿番号: [183 / 1329]
>ひょっとして、「養女」を迎えて「娘分」として嫁がせたのかな?と。
(10等親以上離れた)安東金氏の「娘」を養女にした上で、嫁がせれば、儒教にそむくことなく、影響力を行使できそうですし。
そういう手がありましたか。
日本では、政略結婚のさい、年頃の娘がいなければ、一族や腹心の娘を形式上養女としてから嫁がせることがありましたね。
織田信長は姪を養女として武田勝頼に嫁がせていますし、徳川家康も股肱の臣である本多忠勝の娘を養女にしてから真田信幸に嫁がせています。
摂関家では藤原頼通が姪にあたる敦康親王の娘を養女として後朱雀天皇の中宮に立てたことがありました。
>ただ、↑の方法の最大の問題点(仮定)。
養女が、養父の影響力より、実父を選んだら……同じ安東金氏内部で、すさまじい権力闘争が起こっていそうです。
摂関政治、藤原道長の最大のライバルが、甥の伊周(兄の息子)であったように。
養女を選ぶ際に、できるだけ力のない筋から選ぶか、実父筋を完全に支配下に置かなくてはいけませんね。一族のリーダー(摂関家でいう氏長者)ならたやすいことかもしれません。
>閔致禄(ミンチロク)の養子=閔升鎬。
閔妃は、閔致禄(ミンチロク)の実の娘。
大院君の妻は閔升鎬とは兄弟の間柄。
大院君は、閔妃の夫、高宗の実父。
閔升鎬と大院君の妻は実の兄弟ではないでしょうか。
閔升鎬が養子に行ったため、形式上は大院君の妻との兄弟関係が切れて、養子先で閔妃と兄弟ということになるんじゃないですかね。
これは メッセージ 179 (hyugeru29 さん)への返信です.
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