李朝朝鮮

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李朝朝鮮と本貫と勢道政治への疑問

投稿者: hyugeru29 投稿日時: 2006/05/18 00:10 投稿番号: [176 / 1329]
どなたか、ご存知であれば教えてください。

李氏朝鮮の時代も、現在の韓国と同じように、本貫が同じであれば結婚できない…と思っていました。でも、この本貫というのは、「父方の血統」が問題なのであって、「母方の血統」、つまり、母親の本貫は、全く関係ないのでしょうか?

例えば、閔妃の息子(純宗)は、「閔一族の高官閔台鎬の娘が世子嬪(皇太子妃)と決まる(後の純明孝皇后閔氏)」、母親と同じ閔氏と結婚しています。

さらに、
安東金氏の勢道政治 - 純祖から哲宗まで
  1802年、金祖淳の娘が王妃になる。1804年、14歳になった純祖による親政が始まった。金祖淳は時派に属していたが、党派色を表に出さない事で貞純王后の士禍から逃れることが出来た。1805年貞純王后が亡くなると、金祖淳は王の外戚として政治の補佐を行うようになり、貞純王后によって登用された僻派の要人を大量追放する。その一方で、王の政治を補佐するとの名目で、自分の本貫である安東金氏の一族から大量に人材を登用する。このことで士林派による政治は終焉を迎え、金祖淳を筆頭にした安東金氏が政治を壟断する勢道政治の時代が始まる。
  安東金氏は次代、わずか7歳で即位して22歳で崩御した憲宗、次々代王哲宗にも王后を送り込み、外戚として権勢を振るった。哲宗の時代に絶頂を迎え、59年にわたって李氏朝鮮の政治を牛耳っていた。

代々「安東金氏が王后」
……李氏朝鮮では、「母方の本貫」血統というのは、全く無関係だったのでしょうか?
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