チマチョゴリ
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/10/14 23:33 投稿番号: [1253 / 1329]
>下級階層、特に男児を生んだ女性は乳房を露出することもあった。当然ながらこの流行は儒学者の非難を受けた。
>この背景には朝廷による庶民に対する色付きの服の着用の制限もある。
そうなのか。知らなかった。
服装の色の制限は日本の江戸時代もありましたね。
>現在一般に見られるチマチョゴリは原色を使い派手な物が多い。しかし、朝鮮民族が「白衣民族」と自称してきたように、昔は非常に白い服に拘り普通白い服を着用していた。この背景には朝廷による庶民に対する色付きの服の着用の制限もある。ただし女性のチマはこの限りでは無く、
娘と未婚女性は赤いチマ、
既婚女性や中年女性は藍色のチマ、
老女はあさぎや灰色のチマを着用することもあった。
生成りの漂白されていないチマとチョゴリは主に未亡人や喪中の女性が着用した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%B4%E3%83%AA>朝鮮王朝の後期から妓女服の影響で丈の短いチョゴリと狭い袖が流行し、服の着脱の度に袖をほどかなければならないほどになったこともあった。また19世紀からチョゴリが乳房を覆えなくなったため、両班層の女性は胸覆いを使ったが、下級階層、特に男児を生んだ女性は乳房を露出することもあった。当然ながらこの流行は儒学者の非難を受けた。1930年代から女性の社会進出が始まるとチョゴリの丈は再び長くなり始めた。
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/1253.html