島根大学名誉教授 内藤正中さん
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/11/22 06:30 投稿番号: [2748 / 4504]
3年前の紹介記事ですが、念のために・・・
独島を平和な島に 島根大学名誉教授 内藤正中さん
住み慣れた松江市を離れ、この4月半ば、長男の住む神奈川県に居を移した。
29年生まれ。京大大学院を卒業後、島根大学で教職を得た。68年に教授に就任後、同大法文学部長を長く務め、地域経済の発展を学術的に支える一方、環日本海の歴史シンポを提唱し、朝鮮半島との文化交流に心血を注いだ。93年に退官した後、昨年4月まで鳥取女子短大でも教え、このほど50年にわたる大学教員生活に終止符を打った。
独島をめぐっては、著書、論文などで「竹島(独島)が日本の領土だったことはなく、日本の記録も第2次世界大戦前のものには韓国の土地であることを裏付ける資料が多く、江戸時代の漁民も渡航禁止令が出されてからは朝鮮の土地だと認識していた」と語る。内藤さんは「この問題を解決するためには、日本政府は四角四面にならず、固有領土論からいったん離れるべきだ」として、将来は竹島(独島)が朝鮮半島と日本列島を自由に繋ぐ平和の島であってほしいと願う。 [朝鮮新報 2005.6.7]
これは4ヶ月前。
このころから朝鮮日報が眼を付けました。(新しくなったら消されちゃうから)
記事入力 : 2008/07/17 09:37:01
独島:内藤正中氏「露日戦争に備え日本が強奪」
ある日本人の元老教授が、韓国の学会誌に日本による独島(日本名竹島)領有権の主張の虚構を指摘する論文を発表した。
日本による独島領有権主張の先頭に立っている島根県にある島根大学名誉教授の内藤正中氏は16日、嶺南大学独島研究所が発行する『独島研究4集』に「竹島問題の問題点」という論文を発表した。
内藤氏は論文で、今年2月に日本の外務省が発行したパンフレット「竹島問題の理解のための10のポイント」に細かく反論し、「日本は露日戦争で勝利をおさめるために独島を強奪した」という結論を提示している。
内藤教授はこのパンフレットの6番目「日本政府は1905年に竹島を島根県に編入し、竹島領有の意思を再確認した」という主張について、当時日本の外務省政務局長だった山座円次郎が、「時局が領土編入を急に要求する。望樓を建てて、無線あるいは海底電線を設置すれば敵艦の監視上、とても緊要にならないか」と語ったことを明らかにした。この発言は独島でアシカ漁を行っていた中井養三郎が、1910年に日本の官庁に提出した報告書「事業経営概要」という文書に掲載されている、と論文では指摘している。内藤教授は「結局当時日本が露日戦争の勝利のために、独島を戦略的要衝地とするために強奪したという事実を示している」と結論付けた。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
独島を平和な島に 島根大学名誉教授 内藤正中さん
住み慣れた松江市を離れ、この4月半ば、長男の住む神奈川県に居を移した。
29年生まれ。京大大学院を卒業後、島根大学で教職を得た。68年に教授に就任後、同大法文学部長を長く務め、地域経済の発展を学術的に支える一方、環日本海の歴史シンポを提唱し、朝鮮半島との文化交流に心血を注いだ。93年に退官した後、昨年4月まで鳥取女子短大でも教え、このほど50年にわたる大学教員生活に終止符を打った。
独島をめぐっては、著書、論文などで「竹島(独島)が日本の領土だったことはなく、日本の記録も第2次世界大戦前のものには韓国の土地であることを裏付ける資料が多く、江戸時代の漁民も渡航禁止令が出されてからは朝鮮の土地だと認識していた」と語る。内藤さんは「この問題を解決するためには、日本政府は四角四面にならず、固有領土論からいったん離れるべきだ」として、将来は竹島(独島)が朝鮮半島と日本列島を自由に繋ぐ平和の島であってほしいと願う。 [朝鮮新報 2005.6.7]
これは4ヶ月前。
このころから朝鮮日報が眼を付けました。(新しくなったら消されちゃうから)
記事入力 : 2008/07/17 09:37:01
独島:内藤正中氏「露日戦争に備え日本が強奪」
ある日本人の元老教授が、韓国の学会誌に日本による独島(日本名竹島)領有権の主張の虚構を指摘する論文を発表した。
日本による独島領有権主張の先頭に立っている島根県にある島根大学名誉教授の内藤正中氏は16日、嶺南大学独島研究所が発行する『独島研究4集』に「竹島問題の問題点」という論文を発表した。
内藤氏は論文で、今年2月に日本の外務省が発行したパンフレット「竹島問題の理解のための10のポイント」に細かく反論し、「日本は露日戦争で勝利をおさめるために独島を強奪した」という結論を提示している。
内藤教授はこのパンフレットの6番目「日本政府は1905年に竹島を島根県に編入し、竹島領有の意思を再確認した」という主張について、当時日本の外務省政務局長だった山座円次郎が、「時局が領土編入を急に要求する。望樓を建てて、無線あるいは海底電線を設置すれば敵艦の監視上、とても緊要にならないか」と語ったことを明らかにした。この発言は独島でアシカ漁を行っていた中井養三郎が、1910年に日本の官庁に提出した報告書「事業経営概要」という文書に掲載されている、と論文では指摘している。内藤教授は「結局当時日本が露日戦争の勝利のために、独島を戦略的要衝地とするために強奪したという事実を示している」と結論付けた。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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