一人立ち
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/09/20 19:27 投稿番号: [2636 / 4504]
自分たちもしていないくせに。
【コラム】北朝鮮は一人立ちできるのか
「そんな話は聞いた事がない」「その問題については何も知らない」
最近、金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康問題に関する質問が出ると、中国外務省の姜瑜報道官は先に釘を刺す。とにかく知らないの一言で一貫しているのだ。あえて言及するとすれば、「金総書記は北朝鮮の指導者だ。なぜわれわれに質問するのか」という程度だ。息子の金正男(キム・ジョンナム)氏が中国に滞在しているのかと聞くと、当然「知らない」と答え、金正男氏と接触する予定はあるのかと尋ねると、「仮定を前提とした質問には答えない」という。しかし中国と北朝鮮の関係について聞くと、「両国は緊密なコミュニケーションと協力を行っている」と回答した。
ここで14年前の状況を思い出してみよう。1994年7月8日に金日成(キム・イルソン)主席が心臓病で突然死去した。翌7月9日にはトウ小平、江沢民、李鵬、喬石ら当時の中国の最高指導者ら4人が平壌に弔電を送った。
「朝鮮人民は金日成同志の遺志を継承し、金正日同志を指導者とする朝鮮労働党を中心に団結することを願う」。振り返れば、当時中国の指導者たちが送ったこの弔電は、中国が北朝鮮の権力内部を、掌を見つめるように把握していた大きな証拠だったことが分かる。金総書記は当時、北朝鮮人民軍司令官兼国防委員会委員長ではあったが、朝鮮労働党の代表ではなかった。金総書記が朝鮮労働党を代表する総秘書の地位に上ったのは、なんと3年後の1997年10月だった。ところが金日成主席が死去したすぐ翌日に送られた弔電で、「金正日同志を指導者とする朝鮮労働党を中心に団結」との文言が入っていたのだ。
金日成主席が死去してからの金総書記は、中国指導部が送った弔電において「金日成同志の遺志を継承」せよ、という指示に従うかのように「遺訓統治」を行い、3年間の遺訓統治の末に総秘書に推戴されることで、朝鮮労働党のトップとなった。だが弔電の内容には「金正日同志を中心とする党と国家(政府)を中心に」という表現がなかったからなのか、政府トップの地位には最後まで上らなかった。金日成主席死去の直後から金正日総書記を無力化させ、平壌の権力を掌握しようとしていた第3の人物がいたと仮定してみよう。その人物は、金日成主席死去の翌日に中国指導者が連名で送った弔電の内容を見てどう思っただろうか。おそらく「自らの計画を放棄するしかない」と感じただろう。そう考えると朝鮮労働党国際担当秘書を務め、97年に韓国に亡命したファン・ジャンヨプ氏が語ったように、「北朝鮮に対する中国の影響力は100パーセント」という言葉は当然正しいということになる。
弔電を通じた「内政干渉性」の支援に力を得て、特別な抵抗もなしに北朝鮮の最高権力を握った金正日総書記は、これまで5回中国を訪問した。モスクワを1回訪問したのを除いては、外国への訪問と言えば中国しかなかった。そして中国は中国なりに、金正日総書記が大陸のどこを回っても一切公開せず、情報の遮断に協力する。隣国の最高指導者の長男である金正男という人物が、以前は北京の高級マンションで、最近はホテルで長期間滞在していても、2000社以上の中国の新聞や100社以上の中国のテレビ局は、少しも金正男氏の動きについて報じていない。最高指導者同志・金正日にとって中国は本当にありがたい国であり、さまざまな面で便利な国でもある。
これらの動きを見ていると、「分からない」「知らない」と言いながら平壌への影響力を独占的に行使し楽しんでいる中国の手からは、今後どのような国であっても北朝鮮を奪うのは簡単ではないという思いが湧いてくる。だからといって放置するわけにもいかない。今やわれわれもこう考えよう。「北朝鮮が中国から一人立ちできるようにするために、われわれには何ができるだろうか」と。
北京=朴勝俊(パク・スンジュン)特派員 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
【コラム】北朝鮮は一人立ちできるのか
「そんな話は聞いた事がない」「その問題については何も知らない」
最近、金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康問題に関する質問が出ると、中国外務省の姜瑜報道官は先に釘を刺す。とにかく知らないの一言で一貫しているのだ。あえて言及するとすれば、「金総書記は北朝鮮の指導者だ。なぜわれわれに質問するのか」という程度だ。息子の金正男(キム・ジョンナム)氏が中国に滞在しているのかと聞くと、当然「知らない」と答え、金正男氏と接触する予定はあるのかと尋ねると、「仮定を前提とした質問には答えない」という。しかし中国と北朝鮮の関係について聞くと、「両国は緊密なコミュニケーションと協力を行っている」と回答した。
ここで14年前の状況を思い出してみよう。1994年7月8日に金日成(キム・イルソン)主席が心臓病で突然死去した。翌7月9日にはトウ小平、江沢民、李鵬、喬石ら当時の中国の最高指導者ら4人が平壌に弔電を送った。
「朝鮮人民は金日成同志の遺志を継承し、金正日同志を指導者とする朝鮮労働党を中心に団結することを願う」。振り返れば、当時中国の指導者たちが送ったこの弔電は、中国が北朝鮮の権力内部を、掌を見つめるように把握していた大きな証拠だったことが分かる。金総書記は当時、北朝鮮人民軍司令官兼国防委員会委員長ではあったが、朝鮮労働党の代表ではなかった。金総書記が朝鮮労働党を代表する総秘書の地位に上ったのは、なんと3年後の1997年10月だった。ところが金日成主席が死去したすぐ翌日に送られた弔電で、「金正日同志を指導者とする朝鮮労働党を中心に団結」との文言が入っていたのだ。
金日成主席が死去してからの金総書記は、中国指導部が送った弔電において「金日成同志の遺志を継承」せよ、という指示に従うかのように「遺訓統治」を行い、3年間の遺訓統治の末に総秘書に推戴されることで、朝鮮労働党のトップとなった。だが弔電の内容には「金正日同志を中心とする党と国家(政府)を中心に」という表現がなかったからなのか、政府トップの地位には最後まで上らなかった。金日成主席死去の直後から金正日総書記を無力化させ、平壌の権力を掌握しようとしていた第3の人物がいたと仮定してみよう。その人物は、金日成主席死去の翌日に中国指導者が連名で送った弔電の内容を見てどう思っただろうか。おそらく「自らの計画を放棄するしかない」と感じただろう。そう考えると朝鮮労働党国際担当秘書を務め、97年に韓国に亡命したファン・ジャンヨプ氏が語ったように、「北朝鮮に対する中国の影響力は100パーセント」という言葉は当然正しいということになる。
弔電を通じた「内政干渉性」の支援に力を得て、特別な抵抗もなしに北朝鮮の最高権力を握った金正日総書記は、これまで5回中国を訪問した。モスクワを1回訪問したのを除いては、外国への訪問と言えば中国しかなかった。そして中国は中国なりに、金正日総書記が大陸のどこを回っても一切公開せず、情報の遮断に協力する。隣国の最高指導者の長男である金正男という人物が、以前は北京の高級マンションで、最近はホテルで長期間滞在していても、2000社以上の中国の新聞や100社以上の中国のテレビ局は、少しも金正男氏の動きについて報じていない。最高指導者同志・金正日にとって中国は本当にありがたい国であり、さまざまな面で便利な国でもある。
これらの動きを見ていると、「分からない」「知らない」と言いながら平壌への影響力を独占的に行使し楽しんでいる中国の手からは、今後どのような国であっても北朝鮮を奪うのは簡単ではないという思いが湧いてくる。だからといって放置するわけにもいかない。今やわれわれもこう考えよう。「北朝鮮が中国から一人立ちできるようにするために、われわれには何ができるだろうか」と。
北京=朴勝俊(パク・スンジュン)特派員 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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