私からも
投稿者: gedo1192 投稿日時: 2001/09/08 14:05 投稿番号: [9661 / 60270]
>日本の海賊が朝鮮半島に侵寇する倭寇については「高麗史」の高宗癸未(みずのとひつじ)十年(一二三三)の記事にあるが、倭寇を松浦党としたのは「明月記」がはじめてあり、以後倭寇のすべてを松浦党とされるに至っていて、松浦党を研究する者として一言述べ世人の誤解をただしておきたい。「明月記」に書かれている松浦党の行為については、兵船を以て侵寇するに至るまでには、それなみの事情があった。この事件以前松浦沿岸の住民は朝鮮半島との交易によって生計をたてていた。従って両者の友好は保たれていたそれが、この度の松浦党の交易船が巨済島で交易を行った時、朝鮮側は大人数の圧力で松浦党の交易品を不当に取上げる行為を行ったという。大勢に無勢で引揚げるを得なかった松浦党は兵船を整え、しかえしに巨済島に侵寇したようで、当時の事情からすれば、ありうる事件と言わざるを得ない。これから五十余年のちに元の日本の侵寇がおきており、その間、「高麗史」には倭寇の事がしばしば記されているが、事件としては単発的のもので、元寇以後の大倭寇とは比べものにはならぬことを知り、それはなへんにあるか私たちは冷静に検討しなければならない。
まあ、こうゆう理由もあったってことで。
あと、これはどう説明します?朝鮮国内のれっきとした資料ですよ?
「朝鮮王朝実録」には、「一、二割が日本人で他は高麗人」と書いてある。「高麗史」にもそのことがたくさん出てくる。韓国の国史編纂会の論文でも、そういう論文がやっと出てきた。
もし、これに反論するなら、自国の歴史を湾曲することになりますね(爆
これは メッセージ 9657 (mougenchons さん)への返信です.
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