>>>質問!
投稿者: fnybf567 投稿日時: 2005/06/10 16:48 投稿番号: [49563 / 60270]
>日本が朝鮮を併合しようと考えたのは日露戦争後ですよね。
おっしゃるとおり、日露戦争は1904年、日韓併合は1910年です。
ですが、それ以前に欧州列国に危機感を募らせていた日本は朝鮮半島に目をつけています。
1903年にシベリア鉄道を完成させ、東アジアに大軍を送り込むことが可能となったロシアと当然対峙することとなります。
そして大韓帝国の支配をめぐる対立から日露戦争が始まっています。
当時の日本は近代化どころか日清戦争に勝利し軍備にもまだ余裕がある状態です。
>正しくは「日本語も教育していた場合もある」ですね。
そうですね。表現が正しくなかったようです。
もちろん『学校』ですから確かに日本語と同時に様々なことを教育します。
ただし、日本語を教えていた意図は、つまり朝鮮を日本国とすることです。
>朝鮮民族の志願兵を募ったのは、終戦前の5年間です。
この時の朝鮮人は、志願兵ではありません。
また、単に戦地へ出向させるのではなく、労働を促していました。
第一次から第三次まで日韓協約を結び、韓国併合に至るわけですが、その際ロシアに韓国の統治権を認めさせています。
1896年に反日クーデターが記録されています。
その後、各地で小規模なクーデターは起きていたとされています。
また1900年にもお隣中国で外国排斥運動が起こるなど、その飛び火を懸念し余談を許さない状態であったことは事実です。
併合後も各地で義兵運動が起こっていますよ。
>ついでですが、「大韓帝国」と「大韓民国」は良く似てますが
下関条約により清国の属国しての歴史に終止符をうち
国号を改めたのは「大韓帝国」です。
お恥ずかしいw
ご指摘ありがとうございます。
正しくは「大韓帝国」でした。
この問題で勘違いされがちなのが、日本の独断による韓国併合だったということ。
これは大きな間違い。
事前に米英からの承認も受け、日露戦争後はロシアも承認しているのだから。
これは メッセージ 49549 (t526h624 さん)への返信です.
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