>太平洋戦争の大義名分
投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/16 15:36 投稿番号: [4269 / 60270]
中国・朝鮮問題と太平洋戦争は一応別に考えています(それが前のレスで中国については困難な問題があるといった理由です)。
日露戦争は朝鮮半島という市場の支配権をめぐっての争いという左翼紋切り型見方はまちがいですね。むしろ認定するとすれば国防上の膨張政策でしょう。私は日露戦争は日本にとっては祖国防衛戦争だったと思っています。ロシアの東方進出の結果として朝鮮半島がロシア領になったときの当時の日本人(指導部、国民双方)の恐怖心は今の我々にははかりしれないほどだったのではないですか。釜山がロシアの軍港になるのですから、まさに日本にとっては喉元に短刀を突きつけられたようなものでしょう。ロシア軍は鴨緑江を越えようとさえしたのですから。
実は私の曾祖父さん、曾祖母さんが併合直後の朝鮮に出稼ぎに行っていたのですが、長生きしたそのばあさんから子供のころ朝鮮の話はよく聞きました。朝鮮や朝鮮人の悪口や軽蔑の言葉は全く出てきませんでしたね。そのじいさんは土方の親方をやっていたそうですが、ばあさんによると朝鮮人の部下をしかったりすることは一度も無かったそうです。是は余談でした。
日露戦争が終わっても日本はロシアに対する警戒心を捨てたわけではなく、それが証拠には日英同盟をより強固な攻守同盟に変えていますね。特に陸軍にとってはロシア(ソ連)は太平洋戦争が始まるまでは最大の潜在敵国だったはずですね。
政治的機能を失った国は国際政治の場ではもはや国家としての機能は(とくに国防上の)果たし得なかったのではないかなと思います。政治的機能を失ってはいても、一応存在している国家は侵害すべきではなかったはずだというのは、私は今の我々が考える一種の後智恵ではないかなと思います。もし朝鮮がロシアの力を押し返す国力があれば日本は国運を賭してまで強国ロシアと戦う必要はなかったかも。負ければポーランド人のようにロシアの奴隷になるのですから。開戦前の日本の常備兵力20万人、ロシア300万人でした。
確かに日本は朝鮮半島を植民地にしましたが、ロシアのポーランド政策とくらべるとどうでしょうか。全く質的に異なります。ポーランド人はロシアの奴隷です。日露開戦時のロシア軍のポーランド人の割合は30パーセント、以後はもっと増えたといわれています。ロシア兵の弾よけとして実際使われたのです。
依然植民地の特色として次のような点を述べました。
・本国の財政を補うための収奪の対象であること。
・独立心を、芽生えさせないために愚民化政策をとること。
・とくに現地民の教育には力をいれないこと。
・より根本的には、現地民を人間とはみないこと(セポイの反乱ではイギリス軍はインド人捕虜を大砲で吹っ飛ばしています。インドンシアでは現地人がオランダ人に話しかけることは禁じられていました。オランダ人はすべてtuanーだんな様ーだったのです)
これらと比べると、日本の場合は果たしてどうだったでしょうか。もちろん、自分たちが文化先進国だと思っていた朝鮮人にとっては、日本の支配は屈辱だった面は強かったと思いますが。しかし私はあえてこれは当時の朝鮮人の責任だったといいます。とくに国際政治の場面では無力であるということは隣国にとっては無責任なことであるとさえいえます。
中国については機会があればまた別途レスします。
日露戦争は朝鮮半島という市場の支配権をめぐっての争いという左翼紋切り型見方はまちがいですね。むしろ認定するとすれば国防上の膨張政策でしょう。私は日露戦争は日本にとっては祖国防衛戦争だったと思っています。ロシアの東方進出の結果として朝鮮半島がロシア領になったときの当時の日本人(指導部、国民双方)の恐怖心は今の我々にははかりしれないほどだったのではないですか。釜山がロシアの軍港になるのですから、まさに日本にとっては喉元に短刀を突きつけられたようなものでしょう。ロシア軍は鴨緑江を越えようとさえしたのですから。
実は私の曾祖父さん、曾祖母さんが併合直後の朝鮮に出稼ぎに行っていたのですが、長生きしたそのばあさんから子供のころ朝鮮の話はよく聞きました。朝鮮や朝鮮人の悪口や軽蔑の言葉は全く出てきませんでしたね。そのじいさんは土方の親方をやっていたそうですが、ばあさんによると朝鮮人の部下をしかったりすることは一度も無かったそうです。是は余談でした。
日露戦争が終わっても日本はロシアに対する警戒心を捨てたわけではなく、それが証拠には日英同盟をより強固な攻守同盟に変えていますね。特に陸軍にとってはロシア(ソ連)は太平洋戦争が始まるまでは最大の潜在敵国だったはずですね。
政治的機能を失った国は国際政治の場ではもはや国家としての機能は(とくに国防上の)果たし得なかったのではないかなと思います。政治的機能を失ってはいても、一応存在している国家は侵害すべきではなかったはずだというのは、私は今の我々が考える一種の後智恵ではないかなと思います。もし朝鮮がロシアの力を押し返す国力があれば日本は国運を賭してまで強国ロシアと戦う必要はなかったかも。負ければポーランド人のようにロシアの奴隷になるのですから。開戦前の日本の常備兵力20万人、ロシア300万人でした。
確かに日本は朝鮮半島を植民地にしましたが、ロシアのポーランド政策とくらべるとどうでしょうか。全く質的に異なります。ポーランド人はロシアの奴隷です。日露開戦時のロシア軍のポーランド人の割合は30パーセント、以後はもっと増えたといわれています。ロシア兵の弾よけとして実際使われたのです。
依然植民地の特色として次のような点を述べました。
・本国の財政を補うための収奪の対象であること。
・独立心を、芽生えさせないために愚民化政策をとること。
・とくに現地民の教育には力をいれないこと。
・より根本的には、現地民を人間とはみないこと(セポイの反乱ではイギリス軍はインド人捕虜を大砲で吹っ飛ばしています。インドンシアでは現地人がオランダ人に話しかけることは禁じられていました。オランダ人はすべてtuanーだんな様ーだったのです)
これらと比べると、日本の場合は果たしてどうだったでしょうか。もちろん、自分たちが文化先進国だと思っていた朝鮮人にとっては、日本の支配は屈辱だった面は強かったと思いますが。しかし私はあえてこれは当時の朝鮮人の責任だったといいます。とくに国際政治の場面では無力であるということは隣国にとっては無責任なことであるとさえいえます。
中国については機会があればまた別途レスします。
これは メッセージ 4257 (JK_partnership さん)への返信です.