日本は何故、反省しないのか?

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東京裁判における未提出資料(3

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2004/01/04 18:00 投稿番号: [32829 / 60270]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=2000549&tid=jf9qa4nbpa5fa5mc0oaha4k4xoa2a47a4f&sid=2000549&mid=1866

我々は数字を以て次の事実を証明しましょう。即ち、1928年(昭和3年)より1945年(昭和20年)に至る迄の鉄鋼生産額、陸海軍に対する各年の割当量、1941年(昭和16年)12月7日における手持の銑鉄概算量及び銑鉄含有量、1932年(昭和7年)日本は、1人当り鉄鋼消費量において、主要国中最低であったこと、1931年(昭和6年)より1941年(昭和16年)に至る迄の期間中、日本の鉄鋼生産額は、アメリカは勿論、ソ連、ドイツ、フランス、英国等の諸国の生産額に比して情けないほど不充分であったことを証明しましょう。太平洋戦争開始の時、日本の鉄鋼年生産額は、アメリカ1国の1ヶ月の鉄鋼生産額よりも少なかったのであります。1941年12月7日以前は日本は常にアメリカ、蘭印、及びビルマから全面的に石油の供給を仰いでおりました。又、統計と事実とに依り、我々は次の事を証明しましょう。即ち日本における造船工業の実際の状態、廃船及び建造計画、世界の他の主要国家で行っている補助金制度を日本も行った理由、不況時代中造船所及其他の諸工業における失業の状態、日本が決して船舶を過剰に所有してはいなかったという事実、並に商船は何れかの国家に対する戦争目的の為に計画若しくは建造されたのではなかったと云う事実、商船及び漁船の総トン数は日本が島国でありその住民は主として海岸近くに居住し且つ海産物を食糧としている事実に鑑みて、決して過剰でなかった事、日本の貨車及び付随車の総生産高は世界の他の主要国家のそれに比して全く微々たるものであったこと、1941年以前の日本戦車生産高は問うに足らず、日本の全機甲兵団はアメリカの1機甲兵団の有する5分の1のタンク及び自動車しか有たず、又ドイツの1機甲兵団に比してはその3分の1の自動車及びタンクを有していたに過ぎないという事等を事実と数字をあげてしましましょう。日本においては1935年に航空機及びアルミニウム工業がやっとやっと始まりました。日本は1937年に至るまで自国の設計に係る航空機を十分に生産することができませんでした。而して1941年12月7日に至るまでこの生産は誠に貧弱なものでありました。

  1941年以前の20年間は、日本が生産し又輸出し得たものは、事実次の諸品目だけでありました。即ち綿織物、生糸、ゴム製品、海産物缶詰、玩具、陶器、鉛筆、マッチ、電球、寒天、其他2,3の物品であります。然しながら1932年から1940年にかけて、日本は、機械類器具類等を相当大量に輸出しました。而して之等の物品は若し大規模の戦争計画があったのであるとすれば日本の不安定な経済状態にあっては普通ならば堆蔵せられるはずのものでありました。

  全世界に亙る不況は日本の生糸其他の輸出市場に大なる損害を来たしました。1930年以後漸次盛んになった各国の経済的孤立主義は、輸出産業に必要なる原料を獲得する為に日本の輸出入貿易を闘争の渦中に投じた原因の1つであります。

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上記の日本が輸出できる物品にご注目。即ち、

○綿織物、生糸、ゴム製品、海産物缶詰、玩具、陶器、鉛筆、マッチ、電球、寒天

此等の物品の殆どは、米国は物凄く高い(200%以上)の関税障壁を設けていた。実に極悪非道である。
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