仄聞南鮮事情(7)
投稿者: us_999 投稿日時: 2002/06/25 19:22 投稿番号: [23097 / 60270]
韓国の文化人にみる極端な愛国心と強引な論理
韓国の中学校の教科書には、こうした優越感が、そのままストレートに表れている。
「ウリ・ナラ韓国は世界でも珍しい独特な文化を保有する単一民族国家である。これこそがわが民族文化の優秀性を証明する一例である。わが伝統文化を守り発展させる事は、まさにわれわれ(ウリ)が日本民族や中国民族でなく朝鮮民族だということを自覚して、民族の主体性と自主独立を守る事である。」(1979年韓国文教部・中学校道徳)
「特に最近ではウリ・ナラが成し遂げた驚くべき経済成長は、ウリ・ナラがことを成就させる動機が気高い事を世界に立証している。」(1990年韓国文教部・中学校道徳3)
とりわけ韓国の知識人たちは、韓国文化の優秀性と独創性を声高に賛美して、他国の文化を軽視する事で、韓国文化の位相を高めようとしている。
たとえば韓国のある高名な美術評論家は、韓国の家屋は日本の家屋のように繊細で神経質なデザインや技巧美には重きをおかないという。人為的に作った築山をおいたり、庭師に植木を刈らせたりして庭を飾り立てる事はしないし、中国の家屋のように誇張したりもしない。韓国の家屋はこざっぱりして穏やかで、韓国の自然の風景にそのスケールがぴったりだと称えている。
日本はこうだから駄目で、中国はああだから好くない。ああでもこうでもない韓国だけが一番美しいという極端な自画自賛の論理である。
「縮み志向の日本人」の著者として知られる李御寧も、同様のパターンで韓国人を自画自賛している。日本人は親切で清潔だが情が無い。また中国人は悠然とした大人関係があっても、情を分かつ人にはなりえない。韓国人はブスッとしているようだが情が深くて素晴らしい、という賛辞を、著書「新韓国人」の中でかいている。
このように韓国の知識人の過大な民族優越主義は、李朝時代から今日にいたるまで、一つの伝統として連綿と受け継がれている。
隣国の中国・日本との比較を通して、自身の文化の特殊性を見出そうとする努力は理解できるが、韓国知識人の過剰なショービニズム(狂信的愛国主義)の裏側には、コンプレックスが多分に隠されている。
これは メッセージ 23092 (us_999 さん)への返信です.
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